前田先生はいた。私は驚いて「あっ」と言う声を出してしまった。すると前田先生がきょとんとした顔でこちらを見てきた。
「おや、吉田さん。どうしたんですか?」
ここでいきなり私のことをどう思っているかなんて聞きだすことが出来るわけがなかった。いくら悩んでいるとはいえ、そこまでは
できない。なので当たり障りのない話からすることにした。
「いえ、前田先生をお見掛けしたのでちょっと驚いてしまって」
「ははは。そりゃ大学の先生なんだから、大学の中にいるのは当たり前だろう?」
そんな感じのなんとも言えない空気が流れた。私は、意を決して聞いてみようと思った。
「あの、前田先生に聞きたいことがあるんですけど」
「うん、なんだい?」
「この間、私と学食のところで会ったじゃないですか。あの時、私に大学に彼氏はいないのか?と聞いてきたことの意図をお聞き
したいんです」
「え?だからあの時に言ったじゃないか。吉田さんみたいな綺麗な女性に彼氏はいないのかなって思ったって」
「本当にそれだけですか?」
私がそう言うと、前田先生は頭を掻いた。そして言った。
「やれやれ、敵わないな。確かに、それだけが理由じゃないよ」
「じゃあ、どんな理由があったかを教えてください」
「前にも似たようなことがあったんだ。別の大学で教えている時に、女性の生徒さんと一緒の席になることがね。そうしたら、
それをどこかで見ていたその子の彼氏さんが後から詰め寄ってきてね。歳がずいぶん離れた子だから大丈夫だろうと安心を
していたんだけど、彼氏さんからすると他の男とご飯を一緒に食べているっていうことが気に食わなかったようで」

その話を聞いて、私は拍子抜けしてしまった。まさかそんなことがあるのだろうか。だがこのタイミングで前田先生がそんな嘘を
つく理由がない。
「そんなことがあったんですか。だから私に聞いたんですか」
「そうだよ。といっても5年くらい前のことだから、俺もあの時よりは随分若かったけどね。今はもう気にする必要はないかな?」
それに対して私はイエスともノーとも言えなかった。イエスと言えば先生が老けたと言っているようだし、ノーだと言えば何か
私が意識しているみたいになると思ったからだ。
「それじゃあ、この間の講義で言っていた好きな女性のタイプは、あれは本当なんですか?」