「……てなことがあってさあ。もう最悪、最悪なのうちのクソババア。マジで――」

昼休み。昨日の恨み言をこれでもかと言わんばかりに後輩女子の成実(なるみ)ちゃんと美花(みか)ちゃんにぶち撒ける。

「へえ……それは、まあ、災難……でしたね」

「ちょっと、美花ちゃん! あたし本気で泣いたの。ほんとショックでさあ。限定スチルまであと一秒ってどこだったの。後戻りできないめっちゃ重要な瞬間をババアのどーーうでもいい電話にかき消された悔しさ! わかる?」
「は、はあ……まあ」

うう、美花ちゃんめ。完全に引いてるがな。
まあ、想定内の反応だけど。

「うわぁ……そもそも架空の男に本気ってのが余計にやばいっすね。しかもそのゲーム、奏音さん……自分でシナリオ書いてるやつじゃないっすか?」
「成実ちゃん! ゲームって言うなあ〜~!」
ああ、結局誰もわかってくれないのかよ。

二人共、恋ゲーの話は大好きだからわかってくれると思ったのに。

「ケヴィンを返せ〜! あたしのケヴィン〜!」

「これは、かなり重症っすね」
「うん……相当」
二人が何か言ってる。でも、そんな事はどうでもよかった。

「ケヴィン……ケヴィン……」

やばい、思い出したらまた泣けてきたよ。


「あ、このあと会議でしたね。そろそろ行かないと」
美花ちゃんは足早にデスクに戻っていった。
そうだ、会議。昼一からだったっけ。ついてないなあ、こんな時に。

「あ、奏音さん。余計なお世話かもしれないっすけど、流石にヤバいっすよ。恋ゲーに夢中なのはいいっすけど、せめてガチ恋するなら三次元じゃないと。どんどん沼地から抜け出せなくなるっす。生身の人間愛せなくなったら、ロイヤルウエディングどころか孤独死確定っすよ。それじゃ、自分も急ぐんで」
「……」


やばい、涙止まらない。
何とかしなければ。

正論過ぎる成実ちゃんの言葉が、突き刺すように痛い。
自覚はある。このままじゃ本気でヤバいってこと。

でも……。

そう簡単に割り切れるほどの、“恋”じゃないんだよ。


あたしはトイレに駆け込み、手洗い場の水でタオルを濡らし目元を冷やした。

「はあ……」
何でこうなったんだろう。

シナリオを書くのは本当に楽しかった。あたしの夢と希望と、願望のすべてを詰め込んだ集大成。

まさに、理想の恋物語。
束の間でも夢見られたら、どんなに幸せだろう。
それを形にしたかった。叶ったときは鼻血噴くくらい興奮した。

二次元の恋ほど、夢中になればなるほど苦しく切ない……容赦なく訪れる現実に引き戻された時の虚無感が半端ないとわかっていても、それでも彼を求めてしまう。


どんなに本気でも、永遠に叶うことのない泡沫の恋なんだ。


「佐々木さん?」
「わ!」

藤原(ふじわら)部長。
「どうしたの? 何かあった?」
「あ、いえ。その……」



言えねえ。



絶対言えねえ。



自ら脚本手掛けた、恋ゲーの推しキャラとのスーパーハッピーエンド直前の限定スチル見逃して泣いてましたなんて。


口が裂けても言えるわけがねえ。