4
見学をし終わった後、昼はとうに過ぎて、おやつの時間という方があっていた。
ジェナと出会い、全てが急激な展開で、お腹が空いていたのも忘れる程、ジェナに圧倒されていたから、コロンビア川近くの賑やかな周辺に来てレストランを見たら、突然お腹が空いてきた。
コロンビア川には埠頭があって、海と間違いそうに船を沢山見かける。
川の向こうは貨物船がゆっくり進んでいたり、よく見れば日本語でなんとか丸という名前が見られた。
その川をバックに赤と緑と卵色の三色のおもちゃみたいなトローリーも走っている。
比較的新しいコロンビア川海事博物館もあり、コロンビア川の歴史や実際に航行した船などが展示されてるらしい。
ショップやレストランも集まって賑わいを見せていたその街は、川がゆっくり流れていくようにとてものどかな光景だった。
「なんか食べようか」
ジェナがレストランが集まる場所へと歩き出す。
やっぱりまた情報が彼女の口から飛び出した。
「ここのレストランはコロンビア川の眺めがとてもいいの。しかもハリウッド女優のナオミ・ワッツが『リング』の撮影の時に、ここでご飯食べたんだって」
コロンビア川の上にかかる桟橋に建つ建物の中にそのレストランはあり、ちょっと覗くと結構値が高そうに思えた。
『リング』と聞いて、俺はなぜか、そこで食事をしている貞子を連想してしまった。
レストランで食べてもよかったが、俺たちが選んだのは気軽に食べられるフィッシュアンドチップスだった。
船を屋台にしたユニークな店だが、結構な列ができていて俺たちもフライドフィッシュを手にするまで時間がかかったけど、待った甲斐があったと揚げたてのアツアツを口にしたときは涙が出そうに美味しかった。
タルタルソースをたっぷりつけてハフハフしながら俺は食らいついてしまった。
魚の揚げ方がちょうどいい。
食感がプリップリ、などと思いながら食べていたのだが、ふと周りを見れば、カップル達が俺たちと同じように仲睦まじく食べている。
俺たちは周りからどんな目で見られているのだろう。
ふと自分の立ち位置が気になった。
まさか、会って数時間しか経ってないなんて誰も思ってない事だろう。
俺にすっかり心を許しているジェナ。
なぜここまで俺を信頼してついてくるのだろう。
メガネを壊したから仕方なくでは済まされない何かを感じ、美味しそうにフライを食べているジェナの顔を俺は見つめた。
「どうしたの?」
「なぜジェナは俺に、その……」
なんて英語にすればいいのだろう。上手く表現できない。
「私といると不安?」
「違う、君が、君が不安になるべきだ?(なんか変な表現だ)ストレンジャーだよ、俺」
「だって、ジャックだし」
「だから、そのジャックってなんだよ」
「あなたの名前。私がずっと会いたかった人」
やっぱりわからない。
俺の英語力では、彼女についていけないのだろうか。
この一年でかなり上達したけど、まだ込み入った事は時々あやふやになる。
そういうときは、自分でももどかしく悔しいのだが、主旨がわからないと、どうしても自分の英語力に問題があるとしか思えない。
俺がまごついている間、ジェナはフィッシュアンドチップス全てを平らげた。
「次、行こう!」
あくまでもジェナは観光案内人の責任を果たすべく、計画を立ててくれる。
何かが引っかかったまま、俺は慌てて残りのフライを口にして、ジェナの後をついていった。
また車に戻り、次の目的地へと俺たちは向かう。
ジェナの指示に従い、街を離れて小高い丘に着いた時、辺り一面の緑の中、木よりも高くまっすぐ空に向かって塔が建っているのが目に入った。
茶色く、不思議な模様に見えたその塔は、近づいて初めて細かく人の様子が絵巻図のように細やかに描かれているのがわかる。
絵に描かれた人物が着ている古めかしい服装から、アストリアを開拓していく歴史を描いたものだろう。
「『アストリア・コラム』よ。高さは125フィート、中は螺旋階段になっていて登れるの。行きましょう」
有無を言わさず、ジェナはさっさと塔に向かってしまった。
125フィートは大体37,8メートル。
ビルでいったら12,3階くらいだろうか。いざ中に入って螺旋階段を見上げれば、薄暗くてぐるぐる目が回りそうに恐ろしい雰囲気がする。
「164段あるよ」
ジェナはそう呟いてさっさと上っていった。
その時はそんなに大層な数ではないと思った。
俺は舐めきって、階段に足をかけ、徐々に上を目指してみた。
最初は余裕だった俺だったが、途中から息が上がってきて心臓がバクバクしてくる。
動悸? 息切れ?
ぐるぐると回って上るその階段の長いこと。
これ、結構しんどい。
なんか下も隙間から見える。
途中で疲れた人が階段に留まって、下から来た俺にお先にと道を譲ってくれるのだが、中心に向う程、足の踏み場が狭い階段で、でかい人(横に)とすれ違うだけでも怖い。
あんたがでかすぎて、俺の足の踏み場がない。
つま先立ててその人をなんとか越えて上った。
上に着いた時には、胸が圧迫されたように咳が出て、ごほごほしてしまった。
息が上がって苦しいのなんの。
しかし、目の前に広がる360度の眺めは最高だった。
「うぉ~」
感動で叫んでしまう。
でも足が震えてガクガクしているのは、階段を上って疲れたのと、ちょっと寒かったから。
「怖い?」
震えている俺に心配そうにジェナは覗き込んできた。
情けない所は見せられない。
「イッツ、グレート!」
無理して笑顔を振りまいた。
でもやっぱりバルコニーのような解放された高い場所から、下を見るのは少し怖かった。
壮大なコロンビア川に面したアストリアの景色を見た後、俺たちはまた街の中心に戻り、グーニーズの刑務所の撮影に使われた建物──フィルムミュージアム──を見に行った。
しかし、すでに営業時間は終わっていたので外見しか見られなかった。
ジェナは入れない事を謝罪しながら、内容はそんなに大したことないと苦笑いしていた。
でもグーニーズファンには嬉しい場所ではあるそうだ。
その隣には昔ながらの豪邸フレーベルハウスがあった。
これも家の中を見学できる博物館だが、営業時間は終わっていた。
どちらも中には入れなかったが、外見はどちらも映画に出てきた場所だから、見られただけで満足だった。
この後は安く泊まれる宿を探し、俺たちはまた101号線を逆戻った。
そこでもっとも安く泊まれそうなモーテル6を見つけ、運よく部屋にありつけた。
フロントデスクで、「一部屋か?」と言われたが、俺は即座に「二つ」と指でピースサインを作って知らせた。
ジェナは一緒の方が安く泊まれるのにとブツブツいっていたが、そこはきっちりしないと帰る前に捕まるようなことになっては大変だ。
一緒に旅行するのは妥協できても、一緒に寝るのは──寝るといっても同じ部屋を共有するという意味だけど、やっぱりヤバイよ。
手続きを取って鍵を貰うが、安い宿だけに、中々無愛想な接客なこと。
でも部屋に入れば、一晩泊まるには申し分ない清潔さ。
従業員の態度など気にならなかった。
やっとジェナから離れられた俺は、ベッドに腰掛け一息つく。
今日撮った写真を確認すれば、それなりに充実してたと顔がにやけてしまう。
余裕が出てきた今、写真に写るジェナを見れば、なかなかかわいい子だと気が付いた。
それまでゆっくりと物事を考えられる状態ではなかった。
「なんだかわからないけど、アメリカ生活最後に、冒険してみてもいっか」
こうなると、肝が据わる。
リラックスして、ベッドにバタンと寝そべり、窓を見つめた。
まだ日があり、外は明るい。
でも時計は夜の8時になろうとしてるところだった。
オレゴンの夏は日が長かった。
見学をし終わった後、昼はとうに過ぎて、おやつの時間という方があっていた。
ジェナと出会い、全てが急激な展開で、お腹が空いていたのも忘れる程、ジェナに圧倒されていたから、コロンビア川近くの賑やかな周辺に来てレストランを見たら、突然お腹が空いてきた。
コロンビア川には埠頭があって、海と間違いそうに船を沢山見かける。
川の向こうは貨物船がゆっくり進んでいたり、よく見れば日本語でなんとか丸という名前が見られた。
その川をバックに赤と緑と卵色の三色のおもちゃみたいなトローリーも走っている。
比較的新しいコロンビア川海事博物館もあり、コロンビア川の歴史や実際に航行した船などが展示されてるらしい。
ショップやレストランも集まって賑わいを見せていたその街は、川がゆっくり流れていくようにとてものどかな光景だった。
「なんか食べようか」
ジェナがレストランが集まる場所へと歩き出す。
やっぱりまた情報が彼女の口から飛び出した。
「ここのレストランはコロンビア川の眺めがとてもいいの。しかもハリウッド女優のナオミ・ワッツが『リング』の撮影の時に、ここでご飯食べたんだって」
コロンビア川の上にかかる桟橋に建つ建物の中にそのレストランはあり、ちょっと覗くと結構値が高そうに思えた。
『リング』と聞いて、俺はなぜか、そこで食事をしている貞子を連想してしまった。
レストランで食べてもよかったが、俺たちが選んだのは気軽に食べられるフィッシュアンドチップスだった。
船を屋台にしたユニークな店だが、結構な列ができていて俺たちもフライドフィッシュを手にするまで時間がかかったけど、待った甲斐があったと揚げたてのアツアツを口にしたときは涙が出そうに美味しかった。
タルタルソースをたっぷりつけてハフハフしながら俺は食らいついてしまった。
魚の揚げ方がちょうどいい。
食感がプリップリ、などと思いながら食べていたのだが、ふと周りを見れば、カップル達が俺たちと同じように仲睦まじく食べている。
俺たちは周りからどんな目で見られているのだろう。
ふと自分の立ち位置が気になった。
まさか、会って数時間しか経ってないなんて誰も思ってない事だろう。
俺にすっかり心を許しているジェナ。
なぜここまで俺を信頼してついてくるのだろう。
メガネを壊したから仕方なくでは済まされない何かを感じ、美味しそうにフライを食べているジェナの顔を俺は見つめた。
「どうしたの?」
「なぜジェナは俺に、その……」
なんて英語にすればいいのだろう。上手く表現できない。
「私といると不安?」
「違う、君が、君が不安になるべきだ?(なんか変な表現だ)ストレンジャーだよ、俺」
「だって、ジャックだし」
「だから、そのジャックってなんだよ」
「あなたの名前。私がずっと会いたかった人」
やっぱりわからない。
俺の英語力では、彼女についていけないのだろうか。
この一年でかなり上達したけど、まだ込み入った事は時々あやふやになる。
そういうときは、自分でももどかしく悔しいのだが、主旨がわからないと、どうしても自分の英語力に問題があるとしか思えない。
俺がまごついている間、ジェナはフィッシュアンドチップス全てを平らげた。
「次、行こう!」
あくまでもジェナは観光案内人の責任を果たすべく、計画を立ててくれる。
何かが引っかかったまま、俺は慌てて残りのフライを口にして、ジェナの後をついていった。
また車に戻り、次の目的地へと俺たちは向かう。
ジェナの指示に従い、街を離れて小高い丘に着いた時、辺り一面の緑の中、木よりも高くまっすぐ空に向かって塔が建っているのが目に入った。
茶色く、不思議な模様に見えたその塔は、近づいて初めて細かく人の様子が絵巻図のように細やかに描かれているのがわかる。
絵に描かれた人物が着ている古めかしい服装から、アストリアを開拓していく歴史を描いたものだろう。
「『アストリア・コラム』よ。高さは125フィート、中は螺旋階段になっていて登れるの。行きましょう」
有無を言わさず、ジェナはさっさと塔に向かってしまった。
125フィートは大体37,8メートル。
ビルでいったら12,3階くらいだろうか。いざ中に入って螺旋階段を見上げれば、薄暗くてぐるぐる目が回りそうに恐ろしい雰囲気がする。
「164段あるよ」
ジェナはそう呟いてさっさと上っていった。
その時はそんなに大層な数ではないと思った。
俺は舐めきって、階段に足をかけ、徐々に上を目指してみた。
最初は余裕だった俺だったが、途中から息が上がってきて心臓がバクバクしてくる。
動悸? 息切れ?
ぐるぐると回って上るその階段の長いこと。
これ、結構しんどい。
なんか下も隙間から見える。
途中で疲れた人が階段に留まって、下から来た俺にお先にと道を譲ってくれるのだが、中心に向う程、足の踏み場が狭い階段で、でかい人(横に)とすれ違うだけでも怖い。
あんたがでかすぎて、俺の足の踏み場がない。
つま先立ててその人をなんとか越えて上った。
上に着いた時には、胸が圧迫されたように咳が出て、ごほごほしてしまった。
息が上がって苦しいのなんの。
しかし、目の前に広がる360度の眺めは最高だった。
「うぉ~」
感動で叫んでしまう。
でも足が震えてガクガクしているのは、階段を上って疲れたのと、ちょっと寒かったから。
「怖い?」
震えている俺に心配そうにジェナは覗き込んできた。
情けない所は見せられない。
「イッツ、グレート!」
無理して笑顔を振りまいた。
でもやっぱりバルコニーのような解放された高い場所から、下を見るのは少し怖かった。
壮大なコロンビア川に面したアストリアの景色を見た後、俺たちはまた街の中心に戻り、グーニーズの刑務所の撮影に使われた建物──フィルムミュージアム──を見に行った。
しかし、すでに営業時間は終わっていたので外見しか見られなかった。
ジェナは入れない事を謝罪しながら、内容はそんなに大したことないと苦笑いしていた。
でもグーニーズファンには嬉しい場所ではあるそうだ。
その隣には昔ながらの豪邸フレーベルハウスがあった。
これも家の中を見学できる博物館だが、営業時間は終わっていた。
どちらも中には入れなかったが、外見はどちらも映画に出てきた場所だから、見られただけで満足だった。
この後は安く泊まれる宿を探し、俺たちはまた101号線を逆戻った。
そこでもっとも安く泊まれそうなモーテル6を見つけ、運よく部屋にありつけた。
フロントデスクで、「一部屋か?」と言われたが、俺は即座に「二つ」と指でピースサインを作って知らせた。
ジェナは一緒の方が安く泊まれるのにとブツブツいっていたが、そこはきっちりしないと帰る前に捕まるようなことになっては大変だ。
一緒に旅行するのは妥協できても、一緒に寝るのは──寝るといっても同じ部屋を共有するという意味だけど、やっぱりヤバイよ。
手続きを取って鍵を貰うが、安い宿だけに、中々無愛想な接客なこと。
でも部屋に入れば、一晩泊まるには申し分ない清潔さ。
従業員の態度など気にならなかった。
やっとジェナから離れられた俺は、ベッドに腰掛け一息つく。
今日撮った写真を確認すれば、それなりに充実してたと顔がにやけてしまう。
余裕が出てきた今、写真に写るジェナを見れば、なかなかかわいい子だと気が付いた。
それまでゆっくりと物事を考えられる状態ではなかった。
「なんだかわからないけど、アメリカ生活最後に、冒険してみてもいっか」
こうなると、肝が据わる。
リラックスして、ベッドにバタンと寝そべり、窓を見つめた。
まだ日があり、外は明るい。
でも時計は夜の8時になろうとしてるところだった。
オレゴンの夏は日が長かった。