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悪魔へ
「親愛なる~」なんて付けないわよ。
別に親しくないもの。
これを読んでいる時、私は生きていないでしょうね。
でも、アンタがいつも目的について訊くから……一応手紙に残しておくわ。一応よ。
私の目的は《死と女》。ルーカスという作者の絵画を一目見るためよ。
どう驚いた?
たったそれだけの為に旅をしている。別に救いを求めてとか、そんなんじゃないわ。あの絵は曽祖父が所有していたもので、ある時お金に困って手放したそうよ。それから曽祖父、祖父、私の父はこの絵の出所を探していた。表に出ないでずっとブラックマーケットで売り飛ばされてたらしくて……。
東の国のある美術館にあると分かったのは偶々だった。任務の途中、ネット回線が生きていたパソコンで調べていたら、この美術展のページを見つけたのよ。すごいでしょ?
ただ生き残るためだけに戦っていた私は、生き甲斐がどんどんあやふやになって来た。だから実物を見ようと思い立ったの。
曽祖父や祖父、そして父が見たものを私も見たい。
ただそれだけ。
その道中、悪魔と出会ったわ。
一人旅より幾分楽しかった。話し相手としてね。
それじゃあ、元気で。
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悪魔は彼女の遺した手紙を読んで──笑った。
こんなに笑ったのは、いつぶりだろう。
「時よ止まれ」と口にした博士との賭けに勝った時だろうか。
あの時と異なるのは賭けに負けた事と、視界が歪んで見える事だった。
いくら狂言回しとして活躍する今日であっても、こんな感情が自分の中にあったことに悪魔自身が驚いていた。
「ああ。……なるほど。ようやく僕にもこの言葉の意味が分かった気がします。『望んでいたものを手に入れたと思い込んでいるときほど、願望から遠く離れていることはない』ゲーテの言葉でしたか」
ただの娯楽、遊戯だった筈なのに。
この胸の苦しみを愉悦と片付けられるというのに──悪魔は噛み締めていた。
「ああ、様々な感情が溢れ出てくる。……人間は《この感情》になんと命名していたでしょうね」