「香乃子。 パン、口についてるよ」
「ん、わざとわざと」
香乃子は鏡も見ずに、パパッと口元を手で適当に払う。
香乃子のさっぱりした性格は顔にも表れているようで、スタイルもスラリとしているから、必ずと言っていいくらい周囲の人の目を惹きつける。
髪型だって、いつも伸びた前髪と一緒に後ろでゆるく纏めただけ。 それなのに、周りの子たちが毎朝時間をかけてアイロンやコテでストレートにしたり巻いたりした髪型より、綺麗で惹きつけられる。
当の本人は、そんな自分の魅力に全く気付いていないようだけれど。
「よし、次はこれにしよ」
「え、またパン食べるの」
香乃子はコンビニのビニル袋から鮭おにぎりを取り出す。
「パン食べたら次は米でしょ。 体育あるからちゃんと食べないと」
「ああ、そっか」……なんて言ってみたけれど、よく考えれば香乃子はいつもお昼ご飯は炭水化物×炭水化物だった。
ていうか、今日の体育は体育館でマット運動の予定で、全然疲れるような内容じゃない。
「香乃子見てたら喉乾いてきた。 ちょっと飲み物買って来る」
「んー」
私はお弁当に蓋を被せて、財布を持って教室を出て昇降口にある自販機のもとへと向かう。
香乃子はコーヒー牛乳飲んでたな。 私は何にしよう。
廊下を曲がって階段を下ると、すぐ昇降口に着く。 あと数段で降りきるその時、ふと視線を足元から離して顔を上げると、そこには垣根らしき後ろ姿があった。
な、なんでこのタイミングで……最悪だ!
そう思った瞬間、ズルッと階段を踏み外した感覚が足裏に伝わった。
「うわあ!」
叫んだ時には視界も大きく歪んで、垣根がこちらを振り返った姿が微かに見えた。
「いったぁ~~……」
私は思い切り階段に打ち付けたお尻を摩る。 痛い、痛すぎる。