「よお」

たったのそんな一言で、天敵は私の貴重な幸せな時間を奪う。

「蒼……と、宮下、小さくて見えなかったわ」

天敵は蒼を私と交互に見て、特別表情も変えずに、私にだけ一言余計なことを言う。 

「絶対見えてたでしょ」

私は口を尖らせて、ついでに睨む。 でも、これくらいは許してほしい。

天敵は笑いながら何か言おうとしたみたいだけれど、後ろからやってきた他の友達に絡まれてそのまま昇降口へと入って行った。

よし、さっさと居なくなっちゃえばいいんだ。とその後ろ姿に心の中で毒を吐く。

「ほんと、垣根って」

ヤな感じ。そう言おうとしたけれど、蒼の顔を見上げて私は口を閉じた。

「やっぱり、かっこいいなー……」

蒼は、眩しそうに目を細める。

……そんな顔で、そんな風に、ひとり言みたいに言わないでよ。

私が隣にいること、忘れちゃってるみたいじゃない。

「え~~、蒼、やっぱり見る目ないね」

私は悔しくて、わざと本気っぽく言う。 これくらいは、許してほしい。

「そ、そうかな」

「そうだよ。 なんで垣根なの」

あ、思わず本音が出た。 ついでに、私の地雷踏んだ。 でも、そう思った時にはすでに手遅れ。

「えっと、ほら、垣根は背が高くて、運動もできるし……それにクラスは変わったのに、変わらず俺みたいなのにも話し掛けてくれるし……」

真面目で素直な蒼は、お構いなしに私の地雷を踏み抜いてくる。 ああ、最悪。 いや、自分で自分の地雷を踏んだ時点で既に最悪なんだけど。

「ふーん……」

“俺みたいなのにも”。 蒼が何気なく言うその言葉が引っ掛かる。

私たちも昇降口に入り、それぞれ下駄箱で靴を履き替える。 名簿順で並んでいるから、宇野蒼と宮下伊都だと、少しだけ距離がある。

「……別に、そんなことないじゃん」

“みたいなの”なんて蒼は自分で言っていたけど、蒼だって背は高いし、運動だって、勉強だって出来るじゃん。

バイトも夜遅くまで頑張ってさ、ものすごく努力家なのに、全然そんな様子を見せない。

それに優しいし、蒼は気付いていないかもしれないけど、蒼のこと気になってる子結構いるんだよ。

なんて、こんなことは言えるわけもなく、それでも私の必死の否定の言葉は聞こえていないようで、蒼は脱いだスニーカーを下駄箱に仕舞った。

その横顔は端正で、整っている。 蒼は、誰よりもかっこいいのに。