「……宮下ってさ」

「なに」

「蒼とは、付き合ってんの?」

私は顔を上げない。 けれど、垣根も蒼のノートに視線を落としているのがなんとなく分かる。

「違うけど」

私は蒼のノートを拾い上げて埃を払い、膝の上に乗せた。

「じゃあ、宮下は蒼のこと好きだったりすんの」

「そんなの、何でもいいでしょ」

私は立ち上がって、ノートを元の場所に戻す。 隣に置かれたノートにふと視線を向けると、私が運んできたノートより少しだけ高く積み上がっていた。

「何でも、よくないんだけど」

垣根も立ち上がる。 私は、そのまま垣根に視線を移した。

それなのに、私からはちょうどカーテンからの逆光で垣根の顔がよく見えない。

垣根が私を見下ろす。 けれど、やはり表情は読み取れず、垣根の言葉の意味も分からない。

「宮下は――」

その時、突然資料室の明かりがついて目の前の垣根と目が合う。 でも、それもほんの一瞬のことで、後ろから「す、すみません!」と声が聞こえて私は振り返った。

そこには、さっきまでの私たちと同じようにノートを抱えている女の子が二人立っている。

「あっ、ここ置けますよ」

私は咄嗟にそう言って、さっと垣根と距離を取る。 女の子二人はどこか緊張しているような様子で「すみません」とまた言って中へと入る。

垣根の方へ視線を向けると、垣根はなんてことないような顔をして首を搔いていた。

そしてまた、ぱちっと目が合う。 けれど、今度は垣根はすぐに視線を逸らした。

「行くぞ」

私はその垣根の一言に押し出されるようにして資料室を出た。 垣根は特に何も言わずに昇降口へと向かうので、私はその少し後ろをついて行く。

けれど、垣根の背中を見て私は「あっ」と声を上げた。 垣根は立ち止まってこちらに振り返る。

「なんだよ」

「鞄、教室に忘れてきた。 ……今日は、ありがとう」

「おう」

「……じゃあ、また」

私は昇降口とは反対の方向を向いて教室へと足を進める。 廊下の曲がり角まで行って、向こうの廊下を見ると垣根の姿はもう無かった。

……さっき、資料室の中で垣根に言われた言葉を思い出す。 私が蒼のことをどう思おうと、垣根には関係のないことじゃないか。

それに、よりによってどうして垣根がそんなことを聞いてくるんだ。 蒼が好きなのは、あいつなのに。

考えているうちに、ふつふつと腹が立ってきた。 垣根に、ではない。 私自身に、腹が立つ。

あの時、蒼のことを好きじゃないと言わなかったら、それは垣根の質問を肯定したと受け取られても仕方がない。

それでも、好きじゃない、なんて言いたくない。 この気持ちに、嘘はつきたくない。

そう思うのに、私はずっと中途半端だ。

私は大きくため息を吐いて、教室へと戻った。