「もう帰れんの?」

「いや、あと課題提出が……」

「課題?」

聞き返されて、私は“しまった”と思う。 余計なことを言った。

「あれ?」

垣根はノートとファイルが積み上がった机を指差す。

「いや、あれじゃない」

「どう見てもあれだろ。 あんなの一人で持っていけないじゃん」

「全っ然余裕だから」

「無理だろ」

そう言うと、垣根は立ち上がってノートとファイルが置かれている机の方へと向かう。

「ほら、行くぞ」

「いや、本当大丈夫だってば。 ていうか、垣根はなんか用事があるんじゃないの?」

「ないよ」

え……ないの? じゃあ、ほんとに何しに来たの?

もしかして、私が昼に階段で転んだことと関係あるのだろうか。 あのとき、私は自分が思ってたよりも派手な転び方してたのかな。

それとも、痛そうな顔とか、変な歩き方とか……。

聞こうと思っても、垣根はファイル全部とノートも持てるだけを抱えてさっさと教室から出る。

「ちょっと……」

私は残りのノートを抱えて、職員室側の階段へ歩き出している垣根を呼び止める。 

「垣根、そっちじゃないよ」

「あ? 職員室じゃねえの」

「今日、職員会議なんだって。 だから、進路指導の資料室」

「ああ」

なんだかあんまりピンと来ていないような返事をして、垣根はこちらに引き返してくる。

並んで歩くのもな……と思い、私は少し早く歩き出す。

今ここに蒼もいたら、きっと蒼は喜んだだろうな。

そう思いながら、でも蒼が今ここにいなくて安心している自分もいる。

ああ、嫌だ。 どうして、こんな意地の悪いことしか考えられないんだろう。

もっと、蒼みたいに優しくなれたら。 蒼みたいに、ただひっそりと誰かを想えるような優しさがあったなら。

蒼の隣にいる為には、私だって優しくならなきゃダメなのに。