「そうか。なら、ちょっとやってみようぜ。日向が準備できるまで」
 ニヤリと笑った翔太が、小夜ちゃんに優しくグローブを手渡した。
「これ、どっちの手にはめるの?」
「そこからか……。ま、できなくても恥ずかしいことはなんもない。知らねぇことは知らねぇし、できねぇことはできねぇんだ。ほら、投げるぞ? 取れよ?」
「なにが言いたいのよっ!」
 肩を揺らす翔太。
 それから後ろ向きにさがりながら、翔太は優しく優しくボールを小夜ちゃんに放った。
「あんっ」
 構えたグローブにかすりもしないで、ストンと小夜ちゃんの足元に落ちたボール。
「たっ、たまたま手元が狂っただけよっ! ちゃんとできるんだからっ!」
「できないことはできない、知らないことは知らないって言えるほうが偉いってコーチが言ってたぞ? 見栄を張ったり知ったかぶりをしても、なんにも得にならねぇって。『ガオカ』には多いもんな。そういうやつ」
「アタシは見栄なんか張ってないっ!」
 思いきり両手を下に突き下ろしてそう言い返した小夜ちゃんが、それからパッと身をかがめてボールを拾った。
 翔太がぐるぐると肩を回しながら、続けて言う。
「知らないできないは恥ずかしいことじゃないってよ。知ろうとしないこと、できるようになろうとしないことが悪いんだってさ」
 小夜ちゃんがハッとした。
 大きく見開いた目をすっと下へ向けて、グッとグローブを胸に引き寄せる。
「おい、どうした? 思いきり投げ返していいぞっ?」
 固まっている小夜ちゃん。
 よく見ると、なにかごにょごにょと口を動かして、小さく独り言を言っている。
「おーいっ、鷺田川っ?」