──…6日間、家に帰らなかった。幸いにも殴ってくる両親はいなくて、掃除をしていなくて汚く、散らかったままのぐちゃぐちゃな部屋を通り、着替え等を持ってまた家を出た。
滞在時間は10分もない。

ここ数日、居酒屋でバイトをして、日払いで貰っている私の財布の中には、1000円札と5000円札を合わせて、2万5000円が入っていた。

これで、60分ユタカに会える…。
ネカフェで無料のシャワーを浴び、化粧をした後、私は夜の街に向かった。

お金が欲しい…。
毎日ユタカに会いたい。
毎日ネカフェに泊まりたい。
そう思うのは、何度目か。

宝くじ…当たらないかな、と、そんな夢を見ていた。


ユタカに『今から行くね』と連絡を入れた。格安のスマホ。月3000円。


店につくと、いつものように出迎えらる。
私の永久指名になっているユタカ。


ユタカが来るまで10分ほど私が他のホスト、ヘルプっていう役割の人と会話をしている最中に来てくれて。
今日も癒される、私の好きな笑顔でユタカが「おまたせマコ」と私の横に座る。


「あれ、今日いつもと化粧違うね?」


ユタカが、顔をのぞきこんでくる。
その近さに、顔が赤くなった。


「うん、分かる?」

「分かるよ。顔色いいね、ゆっくりできた?」

「うん、この前、ユタカが慰めてくれたおかげだよ。ありがとう」


私がそう言うと、ユタカは微笑む。

私の肩に腕を回し、頭を撫でてくれるユタカは「それなら良かった」と胸を貸してくれる。
優しいユタカは、「だけど、疲れてるみたいだから…ここではゆっくり休んでね」と、さらに私の心配までしてくれる。


「ありがとう」と頷いたあと、私はそのまま喋ることも無く動かなかった。ただ頭を撫でてくれるユタカに癒されながら…


「──ユタカさん」


癒されていたのに、私の嫌いな〝邪魔な声〟が入る…。今日は特に早い…。


「…ごめん、呼ばれちゃったから、行ってくるね」

ユタカが耳元で呟いた後、私から温もりが離れていく。寂しい…。でも、分かってる。他のホストでも言えることだけど、ユタカの〝お姫様〟は私だけじゃないから。

ここは、お金を沢山使う〝お姫様〟が、優遇される。



1度、お酒のメニュー表を見せてもらったことがある。
金額が万単位のお酒に、お金が無い私は手を出せなかった。


苦しいけど、お店のルールは分かってる。ホストクラブという御伽噺の世界は、高価なお酒をお金で買って創り出すものだということを。



「ごめんねマコちゃん、ユタカさん、今日マコちゃん入れて3人の指名が入ってるんだよね」

「ううん、仕方ないよ。さすがユタカって感じだね」


ヘルプのホストが申し訳なさそうに言ってくる。だけど文句は言わない。

だって私がお酒を注文出来たら、ユタカはここへ戻ってくるのだから。

それが出来ないだけ…。



ヘルプにトイレ借りるねと席をたつ。
ホストクラブだからか、トイレはいい匂いがするしとても綺麗。

ようをすませ、今日はあんまりユタカに会えないだろうな…と思いながら手を洗い、トイレから出ようと扉を開けようとした時だった。


私と入れ違いのように、私以外の誰かのホストの〝お姫様〟が入ってくる。どちらかと言うと美人で20歳半ばぐらいのその人は、私の横を通り過ぎる。

その横を通り過ぎた時、「でた、ぽっきー」と、笑いながらコソッと呟かれたのは、聞き間違いでは無かったと思う。


なに?
ぽっきーって?
よく分からないけど、こうしているうちに席にユタカが戻ってきていたら…と考えれば私はすぐにトイレを後にしていた。


ユタカは私の60分間という御伽噺の時間が終わる10分ほど前に来てくれた。

ユタカは「ごめんね、せっかく来てくれたのに…。少ししか傍にいれなくて…」と泣きそうな顔をしながら頭を下げる。


「ううん、ごめんね私こそ…。忙しいのに…」

「どうしてマコが謝るの」

「ユタカ…」

「おいで、俺のここ、好きでしょ?」


ユタカは腕を広げる…。
寄り添う私は、先程とは違うユタカの匂いを感じた。甘い香水。女性のもの。この匂いを私の匂いに変えたい。


「ユタカ…」

「ん?」

「延長って、どれくらいかかるの?」

「え?」