決められた楽譜をなぞったら駄目なのだろうか?
決められた、作られた楽譜なら、完成された美しい音色を弾き出せる。
1から、何も知識無しに作るのは難しい。
自分の意志でないなら尚更だ。
「でも、結局は『私』が変わるしかないでしょ? 辛い思いは『私』だけで十分よ」
来世できっと幸せになれば……。
そう言うと、彼女は徐に僕を見上げ、ずっと見つめてきた。
「『彼』には腕に桜の痣が浮かぶらしいの。……先生は違うよね?」
不安気な彼女の為に、ブラウスの腕ボタンを外して見せた。
右の後、左腕にも痣は無く、彼女はホッとしていた。
「早く運命の『彼』を見つけられたら、私は好きな人を作れるのにな」
そうしたら、副会長も報われるね、と僕は笑った。
「――気付きませんか?」
苦笑した僕に彼女は真剣な眼差しを見せた。
彼女の真っ直ぐな瞳が僕を捕らえる。
初めて、彼女の瞳をこんなに見つめたと思う。
――彼女の熱い、眼差しを。
不意に、可笑しな動悸に襲われた。いや、錯覚のはず。
それなのに――……。
「私は、先生が運命の人じゃなかったら良いのに、と思っています」
そう、美しい涙を流すんだ。
「ねぇ、先生。時計も外して?」
僕はゆっくり微笑み、腕時計を外した。
「僕には痣はないよ」
安心して、全て吐き出して良いよ、と笑うと、
彼女はまた安心して泣いた。
「僕に何千年も1人を思う一途さは無いよ」
少しだけ安心し、柔らかい雰囲気が流れた。
だから、何か弾きたくて楽譜をペラペラと捲る。