そして、夢を見た。
知らないはずの本家の万年桜の下、僕は愛しげに誰かを思っていた。
ヒラリ
ヒラヒラと、桜の花を見上げながら何故か僕は幸せだった。
翌朝、理事長や校長にヘコヘコしている分家の先生に聞いた。
生徒会長と副会長が、婚約した事を。
生まれた時から許婚として互いに認識していた事を。
それは、酷く不気味で陰湿で深い何かを強く感じた。
彼女が背負うものの大きさ。
そして、脳裏に浮かぶ桜の花を。
今なら、何故か感じられた。
「それが私の使命なんですもの」
僕のピアノ室には、冷静に落ち着いた少女の姿があった。
1つ違っていたのは、
「じゃあ、何故君は泣いているの?」
真っ直ぐに僕を見つめながら、美しく一粒の涙を流していた。
「分からない。でも、幾千年、桜の下で約束を守ってきたの。まるで、呪いのように、その約束を」
ポロポロと涙が流れていく。
「僕に話せる内容?」
「……話したい、内容」
けれど、怖いわ……と彼女は呟くと、ブラウスのボタンを外していった。
「ちょっと! 待っ」
慌てて上着を掛けようと近寄ると、彼女は白い肩をさらけ出した。
その、白い肩には、――鮮やかな桜の刺青が。
刺青と言うより痣に近い。自然に浮き上がった綺麗な桜が、白い肩に映えていた。
「一族で、この痣が浮かんだ女は、必ず決められた運命を背負って生きるんですって」
「決められた?」
また肩をブラウスに戻すと、ゆっくりボタンを掛けていく。
「昔ね、本家の娘と平民が恋に落ちたの。その娘は天皇の許婚だったから、周りは猛反対。平民の男は、本家の桜の下、自殺しちゃったんですって」
最後に彼女に合わせてくれ、と桜の木の下、ずっとずっと彼はー……
。
「自殺、じゃないのは分かるでしょ? 自殺だったらこんな未だに使命があるはずないわ」
彼が消えた桜の木の下、いつまでも、花びらは枯れる事はない。
いつまでも、待ち続けている。
「私は、彼が愛した娘の『生まれ変わり』なの」
その証拠がこの桜の痣だと、言う。
「ね、まるで彼の『呪い』、でしょ?」
何度生まれ変わっても、2人は恋に落ちるの。
落ちなきゃいけないの。
決められていて、誰も怖くて逆らえないの。
「恋を邪魔したら、本家に次々に災いが起きるから、今まで手が出せなかったみたいなの」
でも、こんなのは「呪い」で、ずっとずっと本家を苦しめる楔だった。
「だから、私はその運命の人が現れてる前に、婚約して結婚するの。前世の彼と恋に落ちる前に、結婚したら彼だってきっと諦めてくれる。」
使命ー……。
作られた運命を覆す為に、彼女は『生まれ変わりの彼』より先に好きな人を作る、という。
「じゃあ、君は副会長が好きなの?」
好きだから婚約したの?
そう聞くと、先生だけには知られたくなかった、と泣いた。
「彼は私の運命を理解した上で、婚約したいと言ってくれた。もし、自分が運命の相手だったら嫌だから、これからも距離はとろうって」
彼は彼女に好意があっても、それに彼女が答えないように。
一緒になっても、心は一緒になれず。
彼女は彼女で辛い選択をしていた。
「それでも、君が運命を変えなきゃいけないの?」