長い艶やかな黒髪をなびかせて、ドアの前に立つ少女。
理事長の娘で、この学園の生徒会長。
冷たい印象を受けるキリッとした瞳は、一度笑えば花が飛ぶかのように美しかった。
「君が来る時間だと、思っていたんですよ」
ピアノの横にある椅子を引き座るように促した。

「先生って、本当に変態ですよね」
「……失礼ですね」

壁一面に埋め込まれている備え付けの本棚から、少女は楽譜を吟味しつつ、毒を吐いた。

「だって、楽譜を眺めて笑ったりしてるじゃないですか! コレクションして楽しいの?」
「勿論。楽しいですよ」
作曲者別にファイルし、並べてある楽譜を、少女は白く長い指先で中身を見ていく。

「難解で緻密な音楽を奏でる楽譜は、美しい。音符が並んだ線上は、どんな美しい音が描かれているのか、弾く前からワクワクします」

うっとりと、楽譜を見つめると、少女は溜め息をついた。

「それが、変態なんです」
そう言うと、気怠げに椅子に座った。
「でも、先生が弾くピアノは好き。時間を忘れて、全てのものから一時的に逃げられるもの」

今日はコレとコレを弾いてね、と楽譜を指差した。
権力に勝てない僕は、苦笑しながらも弾く。

少し高飛車で、生徒会長をしているだけあり判断力も決断力もあるが、何故か彼女は弱く脆く、儚げに見える。
 今にも、消えてしまいそうな憂いを、その伏せた睫毛から感じられ、壊れそうで目を離せなかった。
人々の期待や視線に常にプレッシャーを感じているのかもしれない。