子供を突き飛ばし、トラックと盛大にぶつかった僕は宙を舞った。
アスファルトに落下し、衝突の勢いそのままにゴロゴロと転がる。そして、電柱に頭からぶつかった。
「う……」
わずかに起こした上半身から眺める光景は、良くないものだった。
お腹に何かが刺さっているし、腕と足も変な方向に曲がっている。
ああ、これは助からない。
――そして始まる走馬灯。
時間にして数秒……あるいは数瞬のことだったのかもしれない。
終わりを悟った上でこれまでの全てを振り返った時――僕の胸に黒い感情が芽生えた。
五臓六腑から染み出てくる、ドス黒く熱いモノ。
これは恐らく、生まれて初めて抱く……恨みという感情だ。
――誰も恨まずに、黙って耐えて生きてきた
――運命を受け入れ、けれど全てに感謝して必死に真面目に生きてきた
だけど、その結果がリストラされた上に……このザマだ。
――僕の人生は一体……何だったんだろう?
今までの僕の人生に、思うことなんていくらでもある。
人生の羅針盤は父さんの教えであり、つまりは宮沢賢治の『雨にも負けず』だった。
そういう人に……僕はなりたかった。
けれど、ことここに至っては、思わずにはいられない。
――そりゃないよ……父さん。そして、宮沢賢治さん
事実、父さんもロクな死に方をしていない。
お葬式に来た友人はとても多かったし、だからこそ父さんは正しいと僕は思った。
けれど、今では家に線香をあげにくる人間なんて親族以外にいやしない。
だから、僕は――
――この世の全てを恨まずにはいられない
そして、腹の底からのうめき声と共に、地球上の全てに捧げる呪詛の言葉を叫ぼうとするが……力が入らない。
内臓から、そして全身から溢れ出る黒い感情を外にぶちまけたいが、僕の感情は……どうにも声にすらなってくれない。
ただ、口から零れるのは「ハヒューハヒュー」という掠れた息が漏れる音だ。と、その時――
――僕の全身から黒い感情が瞬時に消え去った
何故なら、助けた子供にケガ一つない姿が目に入ったからだ。
良かった……。
ちゃんと助かっていたんだ。
気づけば、先ほどまでの黒い感情は、本当に笑えるくらい簡単に消えていたんだ。
そして、代わりに胸の中を温かい何かが満たしていく。