「気分が悪くなったら、遠慮せず言うように」
 先生の運転する車の助手席で、わたしはコクリと頷いた。
 駅までと言っていたはずなのに、車は駅を通り過ぎ、わたしの自宅があるN北市を目指していた。
「すみません……」
「気にしなくていいから。それより、暑くない?」
「はい…。大丈夫です」
 車を運転しながらも、時々こちらの様子をうかがう先生に、
「遅くまで勉強してた?」
 そう聞かれ、答えに困ってしまった。
 さすがに、アレなんです、とは言えない。
「……暑さのせい、だと思います」
「そうか。暑さにやられたか。でも、これからまだまだ暑くなるからなぁ」
 そう言いながらハンドルをきる先生の姿を視界の隅に置いていたら、なんだか不思議な気持ちになった。

 知らない人ではない。でも。
 何ひとつ知らない。
 知ってるけど、ぜんぜん知らない人。

 なんだかもどかしい。
 何かひとつでも知ることができたら、少しは違ってくるのかもしれない。
 学校での先生のこと。学校の外での先生のこと。
 そう思ったわたしの意識がふわふわと彷徨いはじめる。

 ゆっくりと走る車。
 タイトルはわからないけれど、耳にしたことのある洋楽。
 ダッシュボードに置かれたおもちゃの車。
 ドリンクホルダーの。

「……オレンジ 、…ジュース」

 意外、かも。缶コーヒー片手に煙草、ってイメージだったから。
 あ。わたしの中にある男の人のイメージって、そんなものぐらいでしかなかったから。
 てっきり、先生もそうなんだと思って。

 オレンジジュース、飲むんだ……。

 目にしたもの。耳にしたもの。
 ぜんぶが新鮮だった。