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「あ……。でも、……わかったんです、」
 そう言うと、先生はわたしを見上げて瞬きした。
「なにがわかったの?」
 優しく問いかけられて、喉の奥がウズウズした。
「……あ、…えっと。なにが、っていうと。
その…、なんていうか。つまらなくしてたのは、自分なんだ、って」

 気づけたのは先生のおかげ。先生を好きになったから、先生がいる世界を眺めるようになった。
眺めてたら、学校生活に色がついた。
優しい、やわらかな色なのに、キラキラと眩しい。
「きっと、いろんなことが楽しめると思います。すぐには無理かもしれないけど、少しずつでも」
「そっか。それはよかった」
「……はい」
 あぁ、もったいない。この角度から先生を見ることなんて、きっともうないと思う。
 カメラのシャッターを押したい。
 記憶の中だけじゃなくて、ちゃんとかたちにして残しておきたかった。
 わたしを見上げて目を細めた先生のこと。記憶の中の先生が、色褪せてしまわないように。

「誰か探してた?」
 わたしの足元の、ふたつのカバンを指さした先生。
「あっ!」
 頭の片隅に追いやったままの華乃の顔がポンッと浮かんだ。
 ごめん華乃。すっかり忘れてた。
「二階堂さんを、」
 慌ててふたつのカバンを肩に担ぎ、先生にペコリと頭を下げた。
「うん。さよなら。気をつけて」
 背中を向けたわたしにかけられた言葉。その言葉を聞いて足を止めた。
 緊張でカラカラになった喉をゴクリと鳴らす。
 くるりと体の向きを変えると、ヨイショと立ち上がった先生と目が合った。
 わたしは、どうした、と首を傾げた先生に、半ば強引にオレンジジュースを渡した。
 飲まずに持っておいてよかった。
 とつぜん渡された、少しぬるくなってしまったオレンジジュースに視線を落とした先生。
「……っま、…間違えて買ってしまったので!
前、もらっちゃったし。だから、どうぞ!」
 一気にそう言うと、またペコリと頭を下げて走って逃げた。
 逃げるわたしに、ありがとう、って言った先生が、あの日のことを覚えているかはわからない。
 でも。わたしの頭の中には、はっきりと残っていた。