落としたカバンもそのままにして突っ立っているわたしのもとへやってきた先生に、どんな言葉を使うべきか。悩んだ末に生まれた言葉はありふれたものだった。
「……上手、ですね」
「そりゃ、経験者ですから」
 得意げにそう言ったあと小さな声で、入って良かった、とこぼした先生がとても可愛かった。
「なのに、部活、出てない、」
 緊張のせいで途切れ途切れになった言葉を聞いて目を丸くした先生が、
「失礼なことを言うね。時々だけど出てるよ。
いちおう副顧問だから」
 副顧問の副を強調して言うと、口元をフッと緩ませた。
 わたしはどの部活にも所属していないから、放課後にバスケ部が活動しているところを目にする機会がなかったのだ。
 もったいないことをしたな。あんなに綺麗な先生の姿を今まで見逃していたなんて。

「篠田は?部活、なんだった?」
 先生が入口の段差に腰を下ろす。前にも見たことのあるつむじに視線を奪われた。
「……わたしは、どこにも」
「そっか」
 先生の髪が前より短くなったからなのか、ふたつ、みっつくらいは若く見える。
 年の差が縮まったような、とても不思議な感覚だった。まるで、先生が学生に戻ってくれたような。大げさかもしれないけど、そんな感じがした。
 だからだろうか。同級生に話すみたいな言葉がこぼれ落ちた。
「実は、第一志望がダメでここに入ったから。なんかもう、どうでもいいや、って。学校行事も、面倒くさいって思うくらいで」
 チラリと見た先生は、口を一文字にしてウンウンと小さく頷いていた。
「正直、部活も。肌が弱くて、日焼けしちゃうような運動部は無理だから。……何かないかなって、とりあえず考えてはみたけど。そのうちに、登録締め切り日が過ぎちゃって。でも、逆にそれで良かったって思ったくらいだし」
 こんな話をして、なんだか申し訳ない気持ちになる。言い訳ばかりしてる自分が情けないし、恥ずかしいって思いもある。
 でも先生は、「オレも昔はそんなだったな」そう言って目を細めた。
 先生の口から「オレも」なんて言葉が出てきたから、またひとつ年の差が縮まったみたいでドキドキした。
 ドキドキを繰り返して、弾けてしまいそうだ。