「華乃ったら、今日はどこのトイレよ」
教室にカバンを残したまま姿を消した華乃。
きっとまた泣いてる。
個室にこもって泣く華乃の姿を想像して、毎回のことだしなと呆れつつも、放っておけなかった。
「もう、」
右肩の、自分と華乃のカバンを担ぎ直したわたしは、ついさっき買ったペットボトルのオレンジジュースのキャップに手をかけた。
……、ダン…、ダン…
体育館から漏れてきた音で完全に足を止めた。
今日は学校側の都合で部活動は禁止されているはずなのに、誰だろう。
その音がなんだかとても気になって、申し訳ないと思いつつ華乃の姿を頭の片隅に追いやって、開けっ放しだった入口からそっと中を覗いた。
「……ぁ、」
先生だ。
誰もいない体育館で、いつもと同じようにシャツの袖を捲り上げた先生が、バスケットボールを手に立っていた。
視線は真っ直ぐゴールに向けられていて、ただそれだけで絵になった。
わたしの黒縁メガネの中だけで存在するのが勿体ないと思うほど。
軽く膝を曲げた先生が、胸の前に置いていたボールをおでこの高さまで持っていった。
そこからの流れがとても綺麗で、鳥肌が立った。
ゆっくりと柔らかであって、どこか力強さも感じられるようなそのフォーム。
素人のわたしが偉そうなことは言えないけど、きっとこれは。
先生の手から離れたボールが綺麗な弧を描く。
わたしの喉がゴクリと鳴ったそのすぐ後に、パシンという音が響いた。
「入っ、……た」
しまい込んだはずのドキドキが溢れ出す。
目の奥がジワジワと熱くなって、息が苦しくなった。全身から力が抜けていく。
カバンが肩から滑り落ちても身動きが取れずにいたわたし。
滑り落ちたカバンが立てた音に気付き、わたしを見つけた先生。
視線がぶつかった瞬間、泣きそうになった。
「見た?」
すごいだろ、と言わんばかりの表情でそう言った先生。
わたしがコクコクと頷くと、先生は子供みたいに顔をクシャクシャにして笑った。