なにかのきっかけがあれば、どっちつかずの感情も、はっきりとしたものになる。
きっと。きっとそうだ。
そんなことを思っていたところだったから、正直、驚いた。
きっかけは、すぐに訪れたから。
「先生。昨日、K駅近くのスーパーに居たよね?」
授業を終えて教室を出ようとした先生を捕まえて、クラスメイトがそう訊ねた。
その場面を目にしたわたしは、トイレに行くふりをして、慌てて後ろの出入口から廊下に出る。
聞き逃してなるものか、と。
パタパタと小さな音を立てて先生たちに近づいた。
どうやらその子は、授業中もそのことで頭がいっぱいだったみたい。
「絶対にそうだと思って。ずっと訊きたくて」
そう言いながら体を小さく揺らす。その動きにつられて制服のスカートの裾もユラユラ揺れる。
先生は手にしていた教科書で口元を隠すと、「スーパー?」と首を傾げた。
「誤魔化さなくていいよー」
クラスメイトの大きな声につられるように、周りにひとり、ふたりと集まる。その中には華乃の姿もあった。どこか得意げな様子のクラスメイトの両肩に手を置いて、今にもぴょんぴょんと跳びはねそうだ。
先生は口元を教科書で隠したまま。
「ママも一緒だったの。一緒に見ちゃったの」
ふふふ、とこぼした息もそのままに、クラスメイトは続ける。
「女の人といたよね?」と。
心臓が飛び出るんじゃないかと思った。
えっ、と声を上げそうになるのを堪えて息を吸い込んでしまったから、「ひっ、」と。結局は、悲鳴にも似た音を出してしまった。
これ以上、変な音を出すわけにはいかない。咄嗟に両手で口を覆った。
「あー…、」
上がりも下りもしない。先生のそれは、肯定とも否定ともとれなかった。
ただの、発声練習みたいに。