配られたプリントのほとんどを埋めたあと、こっそりと先生を見た。
 教卓に両手をついて窓の外を見てる。少し目を細めた先生は、秋の空でも眺めているのだろうか。
 その、ほんの一瞬だけ目にした風景も、わたしは切り取って保存する。
 黒板の色。その前にある、シャツの白。それを照らすのは、やっぱり透き通ったオレンジがいい。
 わたしのフレームで。わたしの黒のフレームで。ぐるりと囲んだ世界で、胸がきゅっと締めつけられる。

「あと五分」
 短くそう言うと、先生は教壇を離れて教室の中をゆっくりと歩き回る。
 先生の足音とわたしの心音が重なって。先生がわたしの横を通り過ぎるとき、微かに空気が揺れて。その、何気ない瞬間にさえ胸がきゅっと締めつけられる。
 先生の授業がある日は、いつもドキドキしていて。課題を忘れていないか、心配になって。
 なにかやらかさないか、慎重にもなって。なにもなかったことを、残念にも思って。
 そうやって一日を終えてしまう。
 前にも後ろにも。右にも、左にも。
 簡単には動けない毎日で。同じところにとどまることに慣れてはいけないと思うのだけど。
 そんな、単純なものじゃない。

「あと少し。頑張りなさい」
 先生の指が、わたしの手元の空欄をとんとんと叩いた。
 ドクンと跳ねた心臓。お決まりのように息が苦しくなる。
 そうやって。そうやって、かき乱すから。
 いや。先生は、かき乱すとか。そんなこと、少しも思っていなくて。
 わたしが勝手にそう思ってるだけ。

 手の中で消しゴムを転がしてる男子生徒や、さっきからずっと髪を触ってる女子生徒にも、
「あと少しだろ。頑張れ」
 同じように声をかける。
 みんなと同じ。その他大勢の中の、ひとり。
 もし、机に突っ伏して泣いたりでもしたら、先生はどんな言葉をかけてくれるのだろう。