歩き出した先生の腕を掴んだ華乃が上目遣いで先生を見る。
「お願いがあるんだけど」
「ん?お願い?」
「そう!お願い。あのね、メガホンに書いてあった名前、見たでしょ?その藤木クンと一緒に写真が撮りたいんだけど。先生、撮ってくれないかなぁ、と思って」
「華乃…っ、」
なんてお願いをするんだと、華乃のTシャツの裾を引っ張った。
「願かけ、っていうやつ?ハードルが跳べたら、藤木クンと写真が撮れる、って。そう思って頑張ったの。で!ちゃんと跳べたからさ。ご褒美!頑張ったご褒美ちょうだい」
「なんで俺がご褒美を?誰かに頼んで撮ってもらいなよ」
呆れ顔の先生。
「じゃあ、先生が誰かに頼んでよ。あたしたちクラス違うし、頼みにくいじゃん?」
「……ったく、」
キャップをかぶり直す先生が前髪をかき上げる瞬間を間近で見てしまった。
何気ないその仕草は、わたしの胸の奥をぎゅっと握って離さない。
「ご褒美、ご褒美、ご褒美」
「あー、はいはい。わかったよ」
耳の後ろをぽりぽりと掻いた先生が、五組のクラス席へと歩き出した。
先生の隣を歩く華乃。
そんなふうに自然に、わたしも先生の隣を歩けたらいいのに。
「はーい。写真撮ってもらいたいやつ、持っておいで」
先生が手をヒラヒラと揺らす。
「わーい」
「これで撮って」
「オレも」
「わたしのも」
スマホを持って先生のもとに集まる生徒たち。
「順番ね」
先生がチラリと華乃を見た。華乃は、「やったぁ。ありがとう」と言って先生にスマホを渡すと、ちゃっかり藤木くんの隣に並ぶ。
地面に腰を下ろした先生は、預かったスマホを自分の膝の上に置き、「撮るよー」と言いながら順番に撮っていく。
そんな先生の姿を、わたしは少し離れた場所から眺めていた。
この何気ない風景を、かたちに残せたらいいのに。先生の隣に並んだ自分を、かたちに残すことができたらどれだけいいか。
きゅっと噛んだ唇を、手にしていたメガホンで隠した。
「あれ?和葉は?……あ。いた。和葉ー!和葉もおいでよー!」
なんて。他のクラスにちゃっかりと紛れた華乃が、おいでおいでと手招きしている。
「先生も一緒に撮ろうよ。あ。森先生、撮ってくださーい」
誰かがそう言うと、男子生徒が近くにいた副担任にスマホを渡しにいく。