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「やっぱりないかー。……って。あーっ!」
 華乃が何かに気づき、パタパタと走り出した。
「先生!倉田せんせーっ!それ、あたしの!あたしのですー!」
 挙げた右手をブンブンと大きく振りながら、そう叫んでいる。
「………ぁ、」
 華乃の目指す先には、メガホンをふたつ持った先生の姿。
 ドクン、と心臓が跳ねた。
 どうしよう。
 血の気が引いていく感覚の中、先生の持つメガホンに視線を向けた。拾ってくれた人が先生だったなんて。
『本人に見られたらどうしよう。これって、ラッキーって思うべき?』
 能天気な華乃の言葉。
 ラッキーなわけないじゃない。ラッキーなんかじゃ。
 握りしめていた手から力が抜けていく。膝からくずれ落ちそうなのを堪え、華乃の隣を目指した。
 ゴクリとのどが鳴る。
 どうか、気づいていませんように。

「あんなところに置きっぱなしにするなよ」
 メガホンで華乃の頭をコツンと叩いた先生。
「ちょっと、いろいろありまして。ごめんなさい」
 先生からメガホンを受け取った華乃は肩をすくめ、ぺろっと舌を出した。
「ところで、先生。……見た?」
 華乃がメガホンの内側に書いた名前をわざとらしく指で隠した。
「あぁ、名前だろ?持ち主を探すのにね。藤木に心当たりがないか訊いたら、知らないって言われたけど」
「えーっ。じゃあ、本人に見られちゃったんだ。
マジかー。そっか。見られちゃったか」
 困ったフリをしてるけど、そんなの嘘だ。どうせ心の中では、ラッキー!って、そう思ってるはず。
「こっちは篠田の?」
 わたしにメガホンを差し出した先生。
 ドクンドクンと大げさに脈打つ心臓の音が届いていないといい。
「………すみません」
 先生は、そろそろと手を伸ばして受け取ろうとしたわたしの頭を、華乃と同じようにメガホンでコツンと叩いた。
「ちゃんと管理しとかないと。こういうことがあちこちであると、来年度から禁止になるからな」
「………は、い」
 なんだか泣きそうになった。俯いたわたしにもう一度メガホンを差し出した先生は、気づいただろうか。
 黄色いメガホンの内側に。
 黄色いマジックで書かれた小さな文字を。
 自分の名前を。