スタートしたら、もう訳がわからなくなった。
 自分が八人中何位なのか、とか。どんな顔をしてゴールを目指しているのか、とか。考えることも、想像する余裕もなかった。
 そんな中、確実に縮まる距離。
 先生にどんどん近づいていって。心臓が口から出そうなくらいドキドキしてる。
 こんなことなら、もっと、ちゃんと練習しておけばよかった。
 先を行く生徒が勢い余ってハードルを倒した瞬間を目にして、怖気づいてしまった。
 どうだったっけ。タイミングとか、フォームとか。今さら焦ったって無駄なんだけど。
「がんばってー」
「行けーっ」
 そんな声援の中、半ば諦めの気持ちもあった。
 ふぅっと小さく息を吐き出したわたしは、なるようになれ、って。左足で勢いよく地面を蹴った。
「………っ、」
 軽々と、とはいかなかったけど。でも。
「……と、……べた、」
 両足をハードルにぶつけることなく着地していた。
 跳べた。失敗せずに、ちゃんと跳べた。
 なんか。なんていうか。すごく。
「篠田ーっ。走れー!」
「……え?」
 あ。そうか。
 着地してからほんの数秒。無事にハードルを跳べたことに安堵したわたしはその場にとどまったまま。
 恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい。体じゅうが熱い。顔は、きっと真っ赤だ。
 だけど。恥ずかしいけど。
 先生が、わたしの名前を呼んだ。「走れー!」って言った。
 どうしよう。なんか、うれしくて。うれしくて。
 ゴールしたあと振り返っても、先生と目が合うことはなかった。
 でも。倒れたハードルを元の位置に戻す先生の姿を、しっかりと目に焼きつけた。

 黒くふちどられた、わたしだけの世界。
 ドキドキしていた胸の奥の方が、きゅうっと締めつけられた。
 苦しいというよりも、なんだか甘い。
 甘い痛み。