「あー、緊張するっ。心臓が、すっごいバクバクいってる」
胸に手をあてた華乃がぴょんぴょんと跳ねるたび、ツインテールにした髪が揺れる。
「………わたしも、」
体育祭なんて、陸上部とか野球部とか、運動部の子が活躍する行事であって、運動が苦手なわたしや華乃にとっては憂鬱そのもの。
リレーとか、そういうものに声援をおくってるほうが気楽で楽しい。
「あたし、ハードル苦手なのに」
手首に巻いた学年カラーの黄色いハチマキを、落ち着きのない様子で触る華乃。
「わたしだって、」
後ろでひとつに束ねた髪をほどいては、また束ねるわたし。
緊張している理由は他にもある。
グラウンドでは、既に障害物競走の準備を終えた委員会の生徒や先生たちが持ち場でスタンバイしている。
先生いるし。しかも、ハードル担当。
スポーツブランドのロゴが入ったTシャツに、下は黒のジャージ。ごつめの白いスニーカーには、ネオンカラーのラインと、Tシャツと同じ黒いロゴ。
「………かわいい」
緊張しているにもかかわらず、ネイビーのキャップを被った先生の立ち姿に、ちゃっかりキュンとしてしまった。
「あー、ほんとにヤダ。転んだらどうしよう」
「網に引っかかったらさ、サイアクだよね」
「平均台、踏み外したらどーすんの」
「っていうかさ。ハードルにぶつけるよ。スネにでっかいアザができちゃうよ」
入場門からスタート位置に移動するまでの間、後ろから聞こえてくる華乃の声。そのせいで余計に緊張が増してしまう。
上手に跳べなかったらどうしよう。先生の前で転んだりしたらどうしよう。
格好悪いところなんて、見られたくないのに。
ううん。わたしのことなんて、きっと見ていない。
わかってるのに、この緊張はなくならない。
「………吐きそう」
胃のあたりがムカムカしてる。
どんどん自分の番が近づくにつれ、心臓の動きが速くなって。
「和葉、がんばって!」
華乃の声援にも、振り向いて応えることができなかった。
スタートしたら、緑色の網をくぐって。
テニスラケットでボールを運んで。
平均台を渡ったら、とび箱を越えて。
袋でぴょんぴょん跳んだら、最後の最後に先生の前でハードルを。