「恋愛って、しようと思ってできるものなの?」
 そう訊いたら、華乃は目を丸くして手にしていた黄色のメガホンを落とした。
「えっ、……えっ?…えぇっ!?」
 わたしが口にしたひとことに、ものすごく驚いたらしい。
 放課後。もうすぐやってくる体育祭にむけて、クラスの女子たちと用意したメガホンに持ち寄ったシールやリボンなどでデコレーションをしていたときのことだ。
「何かあったの?」
「……何か、ってわけじゃ、」
 華乃が落としたメガホンを拾うと、その内側には、つい最近「きゅんとしちゃった」男の子の名前がピンク色のマジックで書いてあった。
 どこから仕入れてきた情報かわからないけど、うちの学校に伝わる恋のおまじない、らしい。
 想いが伝わるとか、伝わらないとか。
 ついこの間、別れたばかりだと思っていたのに、ちゃっかりそれにのっかっているから。
「ただ、なんとなく。そう思っただけ」
「ふぅん」
 わたしが拾ったメガホンを受け取った華乃は、内側に書いた名前を眺め、口元を緩ませる。

『運命の人』
『運命的な出会い』
 華乃はその言葉をよく口にする。今回も、もちろん。
「きっと、運命だと思うの」なんて言っていた。

 運命って、なんだろう。
 もしも、先生が運命の人だとしたら。運命の、人だったとしたら。
 きっと、わたしは16歳ではなかったし。
 先生も、「先生」ではなかった。
 学校なんかじゃなくて。どこか違った場所で。
 もっと、違ったかたちで出会っていたはず。
 そっか。そうだよね。
 認めたとたんにズキズキと痛む胸。

「ねぇ。せっかくだから、和葉も書けば?」
 華乃がピンクのマジックを差し出して言った。
「えっ…、」
 ズキズキと痛めた胸がドキンと跳ねる。
「ほら。内側にね、あやのん、って」
「………あ、」
「和葉の、あやのんに対する感情は、もう恋なんじゃないかと思うの」
 ふふふ、と笑った華乃。
「………いや。うん。わたしは、いいや」
 びっくりした。まさか、とは思ったけど。気づいたのかと、焦ったけど。
 そんなはず、ないよね。