「あった、あった」
わたしに背を向けて画鋲を拾う先生。
「………ぁ、」
白い、シャツ。
わたしに背を向けてしゃがむ、先生の姿。
同じだ。蘇ってきたあのときの感覚に、心臓がドクドクと反応する。
今までとは違う、また別の感情が生まれてきてしまったのか。
感情に目印なんてつけていないから、はっきりとしたことは言えないけど。
のどの奥が。胸が。きゅうっと締めつけられて、苦しいのは確かだ。
「……先生、」
どうにかしてこの苦しみから抜け出したい。
ありがとうの言葉か、すみませんって言葉。ずっと、言わなくちゃと思っていた言葉を。
ずっと引っかかっていた言葉を口にしたら、少しは楽になるかもしれない。
「うん?」
左手でプリントを持ち、右手だけで器用に画鋲をとめていく先生。視線は掲示物に置いたまま。
どうか、そのままで聞いててほしい。
「………テストのとき、……保健室まで、連れて行ってくれて。ありがとう、ございました。
家まで送ってもらって、……ジュースも。
ずっと、言わなくちゃって、思ってたのに。今ごろ、……すみません、」
先生の反応が気になって、先生の右手に置いていた視線をゆっくりと移動させる。
画鋲をさす体勢のまま、先生は眉尻を下げてわたしを見ていた。
「そんなこと、」
そう言ったあと、ほんの少しだけ考え込んだ様子の先生は、
「悩ませてたとしたら、逆に申し訳ないことしちゃったな」
と続けた。
首を横に小さく振っただけのわたし。
無意識のうちにスカートの裾を握りしめていた手には、うっすらと汗が滲んでいる。
のどは、こんなにもカラカラに渇いているのに。
「これでよし」
先生は満足そうに掲示物を眺めたあと、ゴツゴツしたシルバーの腕時計に視線を落とした。
「ほら。そろそろ次の授業が始まる」
ありがとうの言葉も、すみませんって言葉も口にしたのに、スッキリしない。
逆に苦しさが増してしまったみたい。
先生は、わたしの苦しみなんて想像もつかないのだろう。
もし想像がついたのなら、「ごめんな」って。わたしの頭に手を置いて謝ったりしない。