「ちょっと待っててね」
そう言った彼女は、職員室のドアをノックすると中へと入っていった。
わたしは廊下の掲示スペースに貼られた学年だよりなんかを、ぼんやりと眺めて過ごす。
廊下の窓は全開で、時折、掲示物がパタパタと音を立てた。
わたしたちの教室がある三階よりも、ここは風通しがいい。
制服のスカートの裾がふわりと揺れ、慌てて押さえる。これを何回か繰り返したときだった。
ビュウッ、と。強い風が吹き込んできたせいで、スカートは風を含んで大きく膨れ上がった。
焦って裾を押さえるわたしの目の前で、いくつかの画鋲が外れ、抑えのきかなくなった掲示物がバタバタと音を立てる。
カサカサと、数枚のプリントがわたしの足元に着地すると、パタパタと、それを追うように足音が近づいてくる。
「悪い、」
足元のプリントを拾い集めたわたしに掛けたであろう言葉。
先生、だ。
ドキンと跳ねた心臓。微かに震える指先。
きっと、授業中に行った小テスト。
単語がいくつも並んだB5サイズのプリントを手渡すと、先生は、
「ありがとう。助かった」
と言って口角を上げた。
きゅっ、と胸が締めつけられた。
わたしは何も言えず、コクリと頷くだけ。
パタ、パタ、と掲示物が音を立てた。
「画鋲か、」
短く言った先生が腰をかがめ、外れた画鋲を探しはじめる。
「あ、」
わたしも一緒に探そうと、足を一歩動かしたとき。
「危ないから、篠田は動かないで」
プリントを持っていないほうの手でわたしの動きを制止する。
そう言われたら、何もできない。
言われたとおりその場を動かず、ただ先生を見ていた。
初めて目にした、先生のつむじ。今日のソックスは、うすいグレーだ。
先生の優しさを利用して、そんなところを眺めていたと知ったら。先生は、どう思うだろう。