あの日から、頭の片隅に先生がいる。
ありがとうの言葉も、すみませんって言葉も言えずにいるから、そのことが気になっているだけなんだと思っていた。
面倒なことはサッサと片付けたほうがいい、なんて誤魔化してみたりもした。
でも。自分の中で何かが揺れた。動いたような気がした。そこは、誤魔化してはいけないような気がして。
どうしたらいいのかわからない。どうすべきなのかわからない。
わかったことは、「先生が好き」ということだけ。
切り取った世界があまりにも綺麗だったから、気づいてしまった。
「好き」確定、だ。
でも。この感情の扱い方を、わたしは知らない。
知らないふりをしてやり過ごすべきか。水を与えて育てるべきか。
この感情は、何処へ持っていけばいいのだろう。
この胸の高鳴りを、どうしたら落ち着かせることができるのだろう。
夏休みが終わり、学校での生活リズムを少しずつ取り戻してきた頃。
「和葉ちゃん。職員室、ついて来てもらってもいいかな?」
両手にノートを十冊ほど抱えたクラスメイトに声を掛けられた。
一年生の部員の部活動日誌を、彼女が代表して顧問に届けに行くという。
「職員室の前まででいいの。だめ?」
「ううん。いいよ」
「よかった」
職員室までの道のり。
中学からテニスを続けているという彼女は、夏休み中も部活に励んだようだ。
「日焼け止めを塗っても、どうしても焼けちゃうんだよね」
白いシャツからのぞいた腕を見てため息を吐いた。
「わたし、赤くなって大変なことになるから、運動部はムリ。日焼け止めの消費量、すごいよ」
「あはは。そうなんだ。和葉ちゃんの肌、白くてうらやましいな、っていつも思ってた」
「それはどうも」
運動部どころか文化部にも所属していないわたしは、楽しそうに話をする彼女をうらやましく思った。