瞼の上でキラキラと輝くピンクのアイシャドウ。瞳を柔らかく見せるブラウンのマスカラ。頬をほんのりと赤らめるピンク色のチーク、口紅は、自然なコーラル。ダメ押しのワンプッシュでかすかなピーチの香り。
膝丈で揺れる花柄のワンピースに、首筋をくすぐるポニーテール。今日の私は、完璧な装備だと思う。私のメイクには一瞥もしない親友相手によくやるな、と自分でも思うけど。
乾杯の音頭にかちんっと鳴るグラス。一口喉の奥に流し込めば、頭が熱を持つ。
「販売数一位おめでとう」
「今月も俺の勝ち! あー酒うまっ」
豪快に笑ってごくごくと生ビールを飲み干す喉仏を眺めてしまう。いつだって、私たちは2人でセットにされる。入社した時からそう。上司からの期待も、無理難題も、苦しい時期も2人で乗り越えてきた。
「莉乃もほら、いつもみたいに飲まないのかよ」
「今日は大丈夫。控えておく」
いつだってそう。衛は加減も知らずにぐいぐい飲んでは、酔い潰れてしまう。それを送る役目を受けるために、好きなお酒も我慢してちびちびとノンアルコールで唇を潤すのだ。
「いつもさんきゅ」
「また2人の世界に入って! ほんと仲良いよな2人とも」
「親友っすから」
「本当に付き合ってないのか?」
上司のそんな揶揄にも、しれっとした顔で素直に答えてしまう。そんなところも好きで、それでいてすごく嫌い。
眉間に皺が寄ってしまったようで、上司はくくくと堪えもせずに笑っている。そう言われるのが嫌だ、という意味で捉えてくれたようだ。衛も至って真面目な顔で、素直に答える。
「俺と莉乃はただの親友ですから」
嘘をつけない、その性格だってもう知ってる。でも、みんなで飲んでいる時も肩が触れるくらい近くにいるのは私なのに。親友の枠は出られない。知ってる。でも、認めたくない。
「まぁ、衛は連続一位おめでとう。莉乃も負けないよに頑張れよ」
「わかってますよ」
「莉乃は俺よりも接客まじで丁寧なんで、リピート率は高いっすよ」
私のことをきちんと見て、評価してくれる。もしかしたら、衛も同じ気持ちだったりしない? だから、そんなによく見てくれてるんじゃないの? そんな期待はバッサリと切り捨てられてしまうのだけど。
「衛は、ほんと莉乃のことよく見てるよな」
「親友であり戦友っすから!」
「そうそう、ただの親友じゃないので」
調子に乗って同意すれば、衛の白い歯が輝く。親友だけど、私のこの気持ちは親友を思うものじゃない。衛は気付いてないけど。
「羨ましいなぁ、唯一無二の存在だよ異性の親友なんて」
上司のその言葉が、トゲのように胸の奥に突き刺さる。私たちが親友というカテゴライズに入れてるのは、私が気持ちを隠してるから。恋する気持ちが伝わってしまったら……終わってしまう。
「はい、ほんっと最高の親友なんで」
そう言いながら、私の肩を掴む衛の手に、こんなにドキドキしているのに。衛の心臓も同じように脈打っていればいいのに。期待しても、心臓の音はこの距離じゃ聞こえない。
この気持ちは、独りよがりなんだろうか。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて、アルコールの入ってないオレンジジュースを飲み込む。少しだけ酸っぱくて、痛む気持ちを抑え込んでくれる。
仕事以外で2人でどこかへ行くなんてこともないし、私たちは完璧にただの親友で。でも、ありえないこの恋を叶えたくて、メイクの魔法に毎回縋ってしまう。
キラキラに輝く瞼を開けて、衛の瞳を見つめれば同じ気持ちが見えたりしないかな。しないよな。知ってたんだよなぁ。
「なんだよ、そんなに見つめて」
ぶっきらぼうに前髪を乱される。触れるだけで、胸が痛い。いっそのこと、このまま伝わってしまえばいいのに。
「ほんっと羨ましいよ。でも、大丈夫なのか? パートナーとかに、何か言われたりしないのか」
上司の心底羨ましそうな視線を浴びながら首を横に振る。パートナーなんて、衛と出会ってからずっといない。心がもう、他の人にはときめかない。
衛の内心は知らないけど、衛も首を横に振る。
「え、え?」
「なに?」
「あの綺麗な彼女さんは?」
「別れた」
「なんで!」
今までは、彼女の相談も私にしてくれていたのに。付き合い始めた時も、記念日もそう。逐一私に相談してきていたのに。
「莉乃には、関係ないから」
いつもよりぶっきらぼうに吐き出した言葉に、違和感を覚える。衛は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、ジョッキのビールを飲み干す。あんなに絡んできた上司はしれっといなくなっていた。
「なによー、相談してくれたってよかったじゃん」
嬉しいなんて思ってしまう自分の醜い心が嫌だ。それでも、飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しい。
「いいんだよ、もう」
それ以上は口を開かずに、ビールを早いペースで飲み進めて行く。いつもとの様子の違いに、ちょっと期待してしまう。
それでも、同じ職場だし。親友だし。この気持ちを伝えるわけにはいかない。めんどくさいことがありすぎる。
叶ったらいいな、なんて淡い想いを胸に秘めたままきっと、一歩は踏み出せない。
▽
酔い潰れた衛を支えながら、ネオンの中を通り抜ける。いつもと変わらないのに、胸がドキドキ高鳴ってしまう。
「莉乃は、ほんっとに、すごいんだよ」
酔っ払ってぐでぐでになって、私に絡む。ここまでがいつものワンセットだ。他の人には、からみ酒なんかしないのに。
そう言うところまで、私と同じ気持ちなんじゃないかって。思わせて、本当にずるい。
生ぬるい夜の風が、2人を包んで衛の体温がじっとりと私に伝わってくる。衛の恋人にはなれなくても、衛の特別な異性の親友でいられた。それで、満足できなくなりつつある。
この恋が、この魔法で叶えばいいのに。
衛と飲みに行く前に、願掛けのように覗き込んだ鏡に映る私は自分史上最高に可愛い。と思う。
「莉乃には、ほんと感謝してて、おれまじで、大切に思ってるよ」
「ありがと」
「俺たちはずっと親友だからな」
ずっと、親友では居たくない。そんな私の気持ちとは裏腹に、切なそうな瞳で衛はつぶやく。
「親友でいてくれるよな」
衛の性格からして、本当に素直にそう思ってくれてるんだろう。牽制でも、なんでもなくて、純粋に親友としてしか見ていない。
だから、こんなに近づける。わかってる。わかってても、痛い。
「そうだね」
「莉乃も、何かあったら無理すんな。抱え込みやすいんだから」
そこまで、分かってるなら。気付いてくれてもいいじゃん。こんなに、張り裂けそうな気持ちを私は飲み込んでるのに。
衛をタクシーに無理矢理乗せて、運転手に行き先を告げる。衛の住所も空で言えるようになってしまった。行ったことも、ないのに。
タクシーのバックライトが、遠ざかって行くのを眺めながら手を握りしめる。この気持ちはやっぱり、独りよがりなのかな。
生ぬるかったはずの夜の風は、1人だと少し肌寒い。ビルのガラスに映る自分の姿を目に焼き付ける。完璧に仕上げたはずの化粧はよれて、崩れてきてしまっていた。
<了>
膝丈で揺れる花柄のワンピースに、首筋をくすぐるポニーテール。今日の私は、完璧な装備だと思う。私のメイクには一瞥もしない親友相手によくやるな、と自分でも思うけど。
乾杯の音頭にかちんっと鳴るグラス。一口喉の奥に流し込めば、頭が熱を持つ。
「販売数一位おめでとう」
「今月も俺の勝ち! あー酒うまっ」
豪快に笑ってごくごくと生ビールを飲み干す喉仏を眺めてしまう。いつだって、私たちは2人でセットにされる。入社した時からそう。上司からの期待も、無理難題も、苦しい時期も2人で乗り越えてきた。
「莉乃もほら、いつもみたいに飲まないのかよ」
「今日は大丈夫。控えておく」
いつだってそう。衛は加減も知らずにぐいぐい飲んでは、酔い潰れてしまう。それを送る役目を受けるために、好きなお酒も我慢してちびちびとノンアルコールで唇を潤すのだ。
「いつもさんきゅ」
「また2人の世界に入って! ほんと仲良いよな2人とも」
「親友っすから」
「本当に付き合ってないのか?」
上司のそんな揶揄にも、しれっとした顔で素直に答えてしまう。そんなところも好きで、それでいてすごく嫌い。
眉間に皺が寄ってしまったようで、上司はくくくと堪えもせずに笑っている。そう言われるのが嫌だ、という意味で捉えてくれたようだ。衛も至って真面目な顔で、素直に答える。
「俺と莉乃はただの親友ですから」
嘘をつけない、その性格だってもう知ってる。でも、みんなで飲んでいる時も肩が触れるくらい近くにいるのは私なのに。親友の枠は出られない。知ってる。でも、認めたくない。
「まぁ、衛は連続一位おめでとう。莉乃も負けないよに頑張れよ」
「わかってますよ」
「莉乃は俺よりも接客まじで丁寧なんで、リピート率は高いっすよ」
私のことをきちんと見て、評価してくれる。もしかしたら、衛も同じ気持ちだったりしない? だから、そんなによく見てくれてるんじゃないの? そんな期待はバッサリと切り捨てられてしまうのだけど。
「衛は、ほんと莉乃のことよく見てるよな」
「親友であり戦友っすから!」
「そうそう、ただの親友じゃないので」
調子に乗って同意すれば、衛の白い歯が輝く。親友だけど、私のこの気持ちは親友を思うものじゃない。衛は気付いてないけど。
「羨ましいなぁ、唯一無二の存在だよ異性の親友なんて」
上司のその言葉が、トゲのように胸の奥に突き刺さる。私たちが親友というカテゴライズに入れてるのは、私が気持ちを隠してるから。恋する気持ちが伝わってしまったら……終わってしまう。
「はい、ほんっと最高の親友なんで」
そう言いながら、私の肩を掴む衛の手に、こんなにドキドキしているのに。衛の心臓も同じように脈打っていればいいのに。期待しても、心臓の音はこの距離じゃ聞こえない。
この気持ちは、独りよがりなんだろうか。
ドキドキと高鳴る胸を押さえて、アルコールの入ってないオレンジジュースを飲み込む。少しだけ酸っぱくて、痛む気持ちを抑え込んでくれる。
仕事以外で2人でどこかへ行くなんてこともないし、私たちは完璧にただの親友で。でも、ありえないこの恋を叶えたくて、メイクの魔法に毎回縋ってしまう。
キラキラに輝く瞼を開けて、衛の瞳を見つめれば同じ気持ちが見えたりしないかな。しないよな。知ってたんだよなぁ。
「なんだよ、そんなに見つめて」
ぶっきらぼうに前髪を乱される。触れるだけで、胸が痛い。いっそのこと、このまま伝わってしまえばいいのに。
「ほんっと羨ましいよ。でも、大丈夫なのか? パートナーとかに、何か言われたりしないのか」
上司の心底羨ましそうな視線を浴びながら首を横に振る。パートナーなんて、衛と出会ってからずっといない。心がもう、他の人にはときめかない。
衛の内心は知らないけど、衛も首を横に振る。
「え、え?」
「なに?」
「あの綺麗な彼女さんは?」
「別れた」
「なんで!」
今までは、彼女の相談も私にしてくれていたのに。付き合い始めた時も、記念日もそう。逐一私に相談してきていたのに。
「莉乃には、関係ないから」
いつもよりぶっきらぼうに吐き出した言葉に、違和感を覚える。衛は不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、ジョッキのビールを飲み干す。あんなに絡んできた上司はしれっといなくなっていた。
「なによー、相談してくれたってよかったじゃん」
嬉しいなんて思ってしまう自分の醜い心が嫌だ。それでも、飛び跳ねてしまいそうなくらい嬉しい。
「いいんだよ、もう」
それ以上は口を開かずに、ビールを早いペースで飲み進めて行く。いつもとの様子の違いに、ちょっと期待してしまう。
それでも、同じ職場だし。親友だし。この気持ちを伝えるわけにはいかない。めんどくさいことがありすぎる。
叶ったらいいな、なんて淡い想いを胸に秘めたままきっと、一歩は踏み出せない。
▽
酔い潰れた衛を支えながら、ネオンの中を通り抜ける。いつもと変わらないのに、胸がドキドキ高鳴ってしまう。
「莉乃は、ほんっとに、すごいんだよ」
酔っ払ってぐでぐでになって、私に絡む。ここまでがいつものワンセットだ。他の人には、からみ酒なんかしないのに。
そう言うところまで、私と同じ気持ちなんじゃないかって。思わせて、本当にずるい。
生ぬるい夜の風が、2人を包んで衛の体温がじっとりと私に伝わってくる。衛の恋人にはなれなくても、衛の特別な異性の親友でいられた。それで、満足できなくなりつつある。
この恋が、この魔法で叶えばいいのに。
衛と飲みに行く前に、願掛けのように覗き込んだ鏡に映る私は自分史上最高に可愛い。と思う。
「莉乃には、ほんと感謝してて、おれまじで、大切に思ってるよ」
「ありがと」
「俺たちはずっと親友だからな」
ずっと、親友では居たくない。そんな私の気持ちとは裏腹に、切なそうな瞳で衛はつぶやく。
「親友でいてくれるよな」
衛の性格からして、本当に素直にそう思ってくれてるんだろう。牽制でも、なんでもなくて、純粋に親友としてしか見ていない。
だから、こんなに近づける。わかってる。わかってても、痛い。
「そうだね」
「莉乃も、何かあったら無理すんな。抱え込みやすいんだから」
そこまで、分かってるなら。気付いてくれてもいいじゃん。こんなに、張り裂けそうな気持ちを私は飲み込んでるのに。
衛をタクシーに無理矢理乗せて、運転手に行き先を告げる。衛の住所も空で言えるようになってしまった。行ったことも、ないのに。
タクシーのバックライトが、遠ざかって行くのを眺めながら手を握りしめる。この気持ちはやっぱり、独りよがりなのかな。
生ぬるかったはずの夜の風は、1人だと少し肌寒い。ビルのガラスに映る自分の姿を目に焼き付ける。完璧に仕上げたはずの化粧はよれて、崩れてきてしまっていた。
<了>