それから2週間が経って、先輩はようやく屋上に現れた。
何故か先輩を見るだけで泣きそうになったけど、私はいつもの私に近づくように、無理やり口角を上げて先輩に近づいた。
「わ、先輩! 久しぶりじゃないですか。この2週間、どこでご飯食べてたんですか?」
「……別に、どこだっていいだろ」
「そうですね。聞いといてあれですけど、私もそんなに興味なかったです」
そう言って、いつも通りにすとんと先輩の横に腰を下ろす。
「……今日も焼きそばパンなんですか? 栄養偏りすぎてウケますね」
「………」
「髪の毛、めっちゃ跳ねてますよ。寝坊したんですか?」
「………」
「そういや、そろそろテストですね。勉強進んでますか?」
何を話しかけても、先輩はこっちを見ない。顔すら上げずに、何処を見ているのか分からないような濁った瞳を伏せて、黙々と焼きそばパンを食べ続けている。
「……先輩、泣いてるんですか?」
まるで私の問いに肯定するように、かすかに嗚咽する声が聞こえ、アスファルトの上に何個か染みができた。
だから、私は必死に、先輩の涙が止まるようにって祈りながら先輩の背中をさすった。
私のせいだ。私のせいだ。私のせいでしょ。先輩が、私のせいで泣いてしまった。
やめてくださいよ。そんなに苦しい顔をしないでください。代わりに私が泣いてあげるから、もうこれ以上泣かないで。
先輩、ごめんなさい。また、馬鹿みたいな話しましょうよ。中身のない話でいいんです。
どうでもいいことを話しましょう。それを先輩がまたウザいとかなんとか言って、そしたら私が心外だと怒って。
ねぇ先輩。また、お前馬鹿かって、うるさいって言ってくださいよ。
私がお姉ちゃんの代わりに、ずっと隣に居ますから。お姉ちゃんみたいに、いなくなったりしませんから。
あれから、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。嗚咽を漏らす先輩が焼きそばパンを食べ終わった頃にキーンコーンと、予鈴の音が鳴った。
先輩はそれを合図に、空になった焼きそばパンの袋を持って立ち上がる。
私は、これを逃したらもう2度と会えない気がして、先輩のブレザーの裾を握って話しかけた。
「っせ、先輩。明日からも屋上来てくださいよ。私、1人でご飯食べるの、想像以上に悲しかったんですからね?」
「……別に俺じゃなくてもいいだろ。お前と一緒に食べたいやつ、いっぱいいるだろうしさ。ほら、人気者の加賀谷桃さまなんだろ?」
「……ッ、私は、先輩と食べたいんですよぉ」
「俺と食べてどうするんだよ。それとも何。もしかして俺のこと好きとか?」
先輩が冷めた目をして私を振り返った。いつもみたいなふざけたやり取りのはずなのに、先輩の目にバッチリ私が映っていることが、怖くて仕方がない。
私は、背筋を這うように湧き上がってきた罪悪感を殺して、無理矢理微笑んだ。
「……違いますよ。なんで私が先輩のこと好きなんですか? 自意識過剰すぎです」
私、かわいいだけだから、こんなにも無害です。
バレてないかな。バレてないよね。お姉ちゃんに先輩のこと、わざと言わなかったなんて先輩は知らないもんね。
それでも、失恋相手の妹になんてもう会いたくないんだろうな。それに、お姉ちゃんの恋愛事情を教えなかった私への不信感とかもあるのかも。
でも逃がさない。私は、まだまだ会いたい。これからも会いたい。
だから、離してあげない。
違う。違う。違うんだよ。
先輩のこと好きだけど、これは恋愛の好きじゃない。好きじゃないから勘違いしないで。いなくならないでよ。
どうにかして私が、先輩を好きじゃないって証明しなくちゃ。
心拍数が上がる。緊張で吐いてしまいそう。
「そもそも私、彼氏いますし」
気づいたら、どうしようもない嘘が口から溢れていた。
頭の中がグルグルと回る。ぐるぐる、ぐるぐる、圧倒的に酸素が足らない。それでも、どうにかしてこの嘘を、本物にしなくちゃ。
そうだ。この後、連絡先交換した男子に適当に告白しよう。私が先輩のこと好きじゃないって証明出来たら、このままそばにいてくれるよね。
今日からみんなに好かれる、純粋で優しくて真面目だけが取り柄みたいな、お姉ちゃんみたいな女の子にならないと。
かわいいだけじゃ、手に入らない。
どうやっても、どんな手を使っても、先輩を私のものにしなくちゃ。ビッチってクラスメイトに嫌われるとか、仲間外れとか、どうでもいいよ。空っぽとか、どうでもいいよ。
だって、先輩がそばにいるだけで満たされるような、そんな気がしてる。
頭の中がぐちゃぐちゃする。脳内の価値観が入れ替わる。自分の気持ちよりも、先輩といられることの方が優先順位が高くなってしまった。
この苦しい気持ちが、切ない気持ちが、恋じゃないなら、なんなんだろう。
でも、結ばれないと意味がないなんてちっとも思えないから、これはきっと恋じゃないのだと思う。執着とか、ドロドロした、そういうもの。
だって私、先輩のことなんて好きじゃないから。
ずるい私は、にっこりと笑って先輩に手を伸ばした。
「ただ、可哀想な先輩を慰めてあげようと思っただけです。私、優しいので」
お願いだから、私から離れていかないで。
そう言って先輩の手を握った私は、どんな顔をしてたのかな。あの時みたいに、泣き出しそうな顔だけはしてないといいな。
こんな私、ちっともかわいくない。
でも、先輩が、姉じゃなくて私を見てる。ただそれだけで気持ちよかったの。ようやく、欲しかったものが手に入ったような気がしたの。
かわいくなくても、生きていける気がしたの。
だから、ずっと先輩のそばにいるし、先輩を傷つけることはしませんから。
────私に手を、伸ばしてよ。