そしてその週末。結果から言うと、お姉ちゃんと田中亮介の初デートは大成功した。

 あまりに惚気られて飽きたから端折るけれど、帰りに観覧車の頂上で告白されて、付き合いだしたらしい。ベタすぎて砂糖を吐きそうだ。

 お姉ちゃんが、教室片隅系で地味男子代表である田中亮介と付き合いだしたことはすぐに広まった。お姉ちゃんと付き合いだしたことをきっかけに、彼がイケメンに大変身を遂げたからだ。お姉ちゃんもみるみる綺麗になってるし、恋の力ってすごい。

 そしてお姉ちゃんは、お昼休みは友達ではなく彼氏である田中亮介と食べるようになった。お姉ちゃんは気合いをいれてお弁当を作るようになって、いつも私に味見をせがんでくる。本当は卵焼きがしょっぱすぎることなんて、絶対言ってやらない。


 だって、屋上から見える、いつもの中庭の風景からお姉ちゃんの姿が消えたせいで、先輩の姿も消えてしまった。

 私では、普段は真面目な先輩が、規則を破ってまで屋上に来る理由になれなかった。


 1人で食べるご飯は何にも美味しくなくて、美味しいはずの卵焼きの味もしない。ただご飯を食べているだけなのに、ボロボロと生暖かい雫が頬を伝う。


 私、あれも欲しくて、これも欲しくて、空っぽな自分を埋めたくて。でも、どれだけ満たしても埋まらない。こんなに満たされてるはずなのに、みんなに羨ましがられるのに、本当の奥の方はずっと、ずっと、空洞のままだから。

 だって、私、本当は。誰も持ってないものしか欲しくないし、そんなものは、この狭い学校の中に一つもないことを知ってる。


 ずっとブレブレで、欲しいものも、やりたいことも、いつも周りの人次第。かわいいって、大事にされる方ばっかり選んで生きてる。

 そしたら、ただかわいいだけでも生きていけるから。

 でも先輩はずっと、地味なお姉ちゃんを見てたから。すごいなって、羨ましいなって、私のものにしたいって本当は思ってたんだよ。

 私は先輩が、手に入らないから面白くて好きなのに。そんなの矛盾してておかしいよね。


「……せんぱい」


 私、いつからこんなに弱くなっちゃったの。

 屋上へ行ったら苦しいし、もう先輩はいない。頭では理解しているはずなのに、私は昼休みに屋上へ通うことがやめられなかった。

 だって先輩に会いたいのに、いないから。私、本当は、先輩がいてくれないと、もう息も詰まりそうな学校でご飯を食べることすらままならないのに。


「ッ、今更、意味わかんない……」


 そんなことに気がついたのが今だなんて、本当に馬鹿みたいだ。

 こんな簡単なことに気づくのに、1週間かかった。それも、先輩を失ってから。

 もう、遅いのに。私が全部壊したから、手遅れなのに。

 やっぱりあのとき、先輩に連絡をしていればよかった。お姉ちゃんに、嘘の田中亮介の情報を渡せばよかった。彼女がいるとか、素行が悪いとか。

 でも、そうすることが何故か嫌だった。あのまま、先輩が手に入るかもしれないと思った。一生交わらない視線が好きなんて嘘をついて。

 私じゃダメ? 
 そんなにお姉ちゃんがいいの??


『先輩は、なんでお姉ちゃんが好きなんですか?』

『……なんでかな』


 ふと、昔した会話が思い浮かぶ。

 私はちゃんと、先輩のことがどうして好きなのか言えますよ。私の方が、こんなにかわいいですよ?

 あと私に何があったらいいんだろう。

 どうやっても、足らない。
 空っぽで埋まらない。

 先輩がこっちを向いてくれないと、自分が生きてる価値見出せないよ。


 ────もしかして私、かわいいだけじゃ、もう生きられない?


 だって私がかわいいだけでいいなら。

 先輩が、私をかわいいだけで選んでくれるような人なら私、先輩のこと好きになってないもんね。

 自分でかけた呪いが、今になって足を引っ張ってくる。

 私は、込み上げる涙を強引に袖で拭って、また卵焼きを一口かじった。甘いはずの卵焼きなのに、目から落ちてくる水のせいで、しょっぱい。


「ッ、美味しくない……」


まるで私の涙を隠すみたいに、パラパラと雨が降ってきた。だから、今日はもう、先輩は来ない。

そのせいで涙が止まった。先輩がここに来ないことに、自分以外の理由があることに安堵している自分がいる。

ただ夕焼けが、痛かった。