「てゆーか先輩、今日も焼きそばパンですか? どれだけ好きなんですか、それ」

「……別に俺が何食べてたっていいだろ。そっちだっていつも同じような弁当じゃねーか」

「はい? 私のは毎日中身が変わってるし、栄養たっぷりですけど? てか、先輩って毎日同じことするの好きなんですか、それか願掛けでもしてるんですか?? また今日もお姉ちゃんのこと覗き見して」


 パチン、と。

 あ。今日、初めてちゃんと目が合った。

 中庭で友達とご飯を食べているお姉ちゃんを指差しながらそう言った途端、先輩はあからさまに慌てて焼きそばパンを口から吹き出した。あまりに分かりやすすぎる。


「……ッは〜〜??? 覗き見じゃないんですけどー?? 俺には中庭を見る権利もないってことですか!?」

「めちゃめちゃ必死じゃないですか。ま、簡単にお姉ちゃんは渡しませんけど」

「べ、別にお前に許しをもらう必要はないと思うんですけど??」

「うわ、先輩マジだ〜。語尾どうしちゃったんですか」


 私がそう指摘すると、先輩は私から顔を背けた。最早、お姉ちゃんを見ていたと自白しているようなものである。

 すると、私の生やさしい視線に不服そうな顔をしていた先輩は、私から目を逸らして中庭を見た。どうやら、誤魔化すことは諦めたらしい。


「……別に、見てるだけなんだからほっといてくれよ」

「それはそうなんですけどね。私だって、無害だから許してるんですよ。ストーカーさんになってたら、私もすぐにポリスを呼んでいますとも。……で、今日はお姉ちゃんと何回話せたんでしたっけ?」

「まだ今日は続くから明言はできないだろ!」


 そう言った先輩は、誤魔化すように焼きそばパンに齧り付いた。そんな風に誤魔化さなくても、必死に弁解している様子から白状しているようなものに。


「……0回って正直に言えばいいのに」

「目は! 目は3回あってるんだよ!!」

「先輩の哀れな妄想か、暑さで幻覚でも見たか、もしくは気のせいじゃないですか?」

「どれだけ俺を疑ってるんだよ! 気のせいじゃねーよ! 絶対俺の方見てたもん!!」

「はいはい、そうだといいですねー?」


 にやにやと笑って先輩をみると、見事に顔が真っ赤になっていた。

 こうやって先輩をからかうのが私が学校にくる1番の楽しみかもしれない、と考えて、卵焼きを一口かじる。

 もうお分かりだろうけど、先輩は、私の姉である加賀谷桜にベタ惚れなのである。

 お姉ちゃんは、おっとりしている。勉強が出来て、優しくて、真面目で、私とは大違いな普通の女の子だ。

 お姉ちゃんに、今まで彼氏ができたことはない。

 お姉ちゃんはあんまり恋愛とかに興味ないみたいで、初恋がまだだというのもあるが、 その理由の大部分は私がブロックしているからである。

 お姉ちゃんは騙されやすく、純粋で、本当に優しい人なのだ。私のような面倒臭い妹を持ってそうとう苦労しただろうに、私のことを嫌わずに今でも仲良くしてくれる。

 そんなお姉ちゃんのことが、私は大好きだ。だから、お姉ちゃんには幸せになってもらいたい。変な男には引っかからないで欲しい。

 そんな思いから、お姉ちゃんのことが好きな男を調べ、お姉ちゃんに相応しいかをチェックし、私のおめがねに叶わなかった場合はブロックすると決めている。

 まず第一に、私のことを好きにならないこと。

 私は、自分の顔が与える影響を自覚している。これが原因でお姉ちゃんが悲しむようなことがあってはならない。てゆーか、私がお姉ちゃんに嫌われたくないから、というのが大きいかもしれない。

 そして第二に、性格が破綻していないこと。

 浮気をするような人や、金使いが荒い人、暴力癖があるような人をお姉ちゃんに近づけるわけにはいかないからだ。お姉ちゃんは純粋なので、困ってるとか言われたらすぐにお金を貸しちゃいそうだから。

 だから、最初に先輩がお姉ちゃんを好きだと分かったときは、大成功だと思った。

 先輩は私のことを好きにならないし、性格もまぁマシだし。見事に条件通過してるし。仕方ない。先輩にならお姉ちゃんを任せるのもやぶさかではない。

 私も先輩のこと、嫌いじゃないし。

 そう思って、まぁいずれ上手くいくでしょ、と見守っていたのだが、おかしいな、全然そんな兆しがない。

 きっと、というか多分、むしろ絶対、先輩が奥手すぎて、お姉ちゃんにあまりアタックしていかないせいだ。していることは、こうやって屋上からお姉ちゃんを眺めているだけ。

 学校代表の美少女である私とはこうやって話すくせに、クラスメイトのお姉ちゃんとは話せないとか。なんていうか、本当に。

 不干渉を決めてた私だけど、流石に奥手すぎて手を貸したくなってくる。


「ねーえ、先輩。協力してあげましょうか。私ってば優しいので、先輩のことお姉ちゃんに紹介してあげてもいいし、ダブルデートに誘ってあげてもいいですよ」

「…………いや、別に必要ない。自分で努力するから大丈夫だ」

「えー、今、めっちゃ考えてたじゃないですか。それに、先輩の努力とやらをまだ見せてもらったことないんですけど」

「これからどんどん見せてくんだよ!!」

「あは。本当ですか? 何年後かわかんないけど、楽しみにしときますねーー?」


 先輩は、私に協力も頼んでこない。

 だからまだお姉ちゃんと先輩はただのクラスメイトなだけなんだよ、と思ったりもするけど、そんなところも嫌いじゃなかったりする。

 先輩が、手に入らなくて良かったなぁ。

 私のものになってくれないから、ずっと、好きでいられる。ずっと、お姉ちゃんを好きでいてね。私の視線には気づかないでね、と。

 祈りをこめて先輩を見上げた。


「先輩は、なんでお姉ちゃんが好きなんですか?」


 先輩が、私に振り向くことはきっと、一生ない。私はそれがいい。それでいい。


「……なんでかな」


 でも先輩は、お姉ちゃんに振り向いて欲しいんでしょ? だったら、見つめてるだけなんてやめたらいいのに。

 だから先輩は、バカだなぁと思う。


 だって私、知ってるよ。
 恋って、結ばれなくちゃ意味ないんでしょ?




 ────事件が起きたのは、その2週間後のことだった。