最近、よく話すようになった人がいる。

「せーんぱい。今日もやっぱりここにいたぁ〜」


 先輩。2個上。高校3年生。いつも屋上でお弁当を食べているのに肌が真っ白なのは、普段からインドア派だからだと思う。


「最近の天気、めちゃよくないですか? 快晴すぎ! こんだけ晴れてると日焼け止めの意味無さそうで萎えます〜」


 血液型はB型。血液型と人柄は関係ないというけれど、少し天然。読書家。なのに部活は写真部。えーと、あとは……あ。勿論、彼女なし。


「……うるさいな。何なの、お前。最近毎日来てるけどさ。あ、もしかして暇なの?」

「はぁ〜!? 暇なわけないんですけど?? 年中暇人で予定ガラ空きな先輩と一緒にしないでくれません!?」


 私は、さも心外だと訴えるように頬を膨らませて先輩を見下ろした。


「もう自分で言いますけど、私ってばモテるんですよ。街を歩けば10人中10人は振り返る美少女JKというやつなんですよっ!」

「……はぁ」

「そんな人気者の桃ちゃんとご飯食べれるって、先輩ってば世界1の幸せ者ーッ! ひゅー!!」

「黙れ、還れ」

「あれ、なんか漢字おかしくないですか? 桃、悲しいです。泣いちゃいそう〜。これは慰謝料として先輩の焼きそばパンをですね、一口貰う権利があると思うんですよ」

「いやいやいや、人気者の桃さまに食べかけなんて渡せないわ〜。食べたいなら今から購買行って買ってこいよ」

「いえいえ、そんな。私、優しいので、今日のところは先輩の食べかけで我慢しといてあげます」


 そう言って、私は当然のように先輩の隣に座って微笑みかける。それでも先輩はこちらをチラリとも見ないで黙々と中庭を眺めていた。

 あぁ。心地良い。私に対して少しも温度の乗らない声も、その態度も、何もかもが過ごしやすい。


 このまま先輩が、一生私の方を向かなければいいのに。


 そんな心の声が聞こえたのか聞こえなかったのか分からないが、先輩はようやく中庭から目を逸らして私の方を向く。

 少し長めの前髪から覗く目が、真っ直ぐ私を捕らえた。あぁ、好きだなぁ。私を映しても、意味を宿すことない眼が好き。

 先輩は、ずっと変わらないから好き。

 先輩は黙ったまま、じっと私を見つめた後、ガサゴソと鞄を漁って何かを私に差し出してくる。


「……あの、これで勘弁してください」


 キャラメルだった。


「俺の、受験生の疲れた頭に糖分を与えてくれる大事な大事なおやつだけど…………ここで主食を渡すよりは、まぁ」

「…………なんですか、その説明口調。別にいらないですよ」

「は、なんでだよ!? 慰謝料ってお前が言ったんだからだな?」

「いやだって、そんな……」


 そんな、本気じゃなかったのに。やり過ぎたかなって、焦る。どうしよう。もしかして、ウザかったかな。先輩に嫌われちゃう?

 じっと、先輩の目を見る。ガラス玉みたいな目。あっ、良かった。変わってない。

 そうだよね。だって、私のことなんて、文字通り眼中にないもんね。


「……えへへ、先輩がそこまで言うなら貰ってあげます」

「…………なんかおかしくないか?」

「おかしくないですよ。キャラメルの方も陰キャ代表みたいな先輩に食べられるより、美少女な私に食べられた方が本望のはずです」

「くっ……それを言われると何故か否定が出来ない……」


 私は、文句を言いながら焼きそばパンをかじっている先輩から貰ったキャラメルを口に放り込んで、屋上に吹く心地良い風を感じた。ジリジリ太陽が眩しい7月だった。

 そんな、日焼けを嫌う女子が1番避ける季節に屋上にいるのは、桜も散り始めた春の終わり頃に先輩と出会ってしまったからだった。