「神々は、実在したのですよ。長い歴史を経て、神々のなかには、御仏と一体となった者もおりました。御仏は既に神々の一部だったのです。なのに、寺院が壊され、仏像が壊され、民衆の御仏への信仰が次第に弱くなってまいりました。結果、御仏の力に依り頼んでいた神々たちは、そのままの暮らしを続けられなくなり、力も失い――やむを得ず、人間社会へ降りていったのです。神々は正体を隠し、人々から物を盗んだり、美貌を生かして芸能の道を歩んだり、用心棒となったり、商売を営んだりしました。弱くなったとはいえ残っていた、神々の力をもってして。神々の身でありながら、俗へ堕ちたのです。……そして罰があたりました」

 罰――?

「人間社会で暮らしていたあたくしたちのご先祖は、神々の力を用い、用心棒をつとめておりました。そしてある日、神々の頂点とされる方から、このようなお告げを受けたそうです。……『戦いに明け暮れる神々よ。貴様らは鬼神なり。鬼神とは、鬼に堕ちた神々なり。我は貴様らを呪う。六道のうち、この世にありながら修羅道を歩むべし。地獄の前にこの世で修羅道を歩むべし。修羅道をこの世で全うせよ』と。お告げを受けてから、あたくしたちの先祖は戦いの才能を得て……結果、戦いの欲にまみれるようになりました。あまりに強い力を。あまりにも、戦いに向いた能力を得たために。戦いたくて、戦いたくて、戦いに明け暮れる……そのような存在と成り果ててしまいました」

 戦いに明け暮れる――修羅道を歩む、鬼神たち。

「……星夜様のように、力はお持ちになるのに心は優しいという御方も、たまにいらっしゃいましたが。たいていの鬼神は、戦いを好みました。戦わないと、苦しくなるほど。そして、お告げを懸命に解釈し、こう信じるようになりました。この世でひたすらに戦い、修羅の道を全うすることこそ、真の救いにつながるのだと」
「……そんなこと、本当に、あるんですか」

 失礼だと思いつつも、私は思わずそう言ってしまった。
 黄見さんは、微笑する。

「すくなくとも、あたくしどもはそのように信じております。戦い続けることで……やがては、このような戦いの欲から解放され、元の清浄な神々に戻れるのだと」

 神々――。
 もともとは、神様だったってことなんだろうけれど……まだ、ぴんとこない。

「天狗族にも、同様のお告げがあったそうです。彼らは芸能の道を歩んでいた神々でした――天狗道とは、騒乱を起こし続ける外道の道です。彼らもまた、騒乱を起こしたい欲に苦しんでいるようですね……そして歌子様。――貴女様もよくわかるはずではありませんか」
「え――?」
「貴女様は、六道のうち――畜生道の呪いを受けられた御方でしょう」

 ……そんな……。
 私が?

「そんなの……聞いたこと、ないです。私のご先祖様に、そんな人がいたとも聞いていないですし」
「六道の呪いは血筋のみならず、輪廻転生でも受け継がれると言われております。実際、まれにですが、夜澄島の外でも鬼神の力を持った鬼神族の子が生まれます。ごく普通の人間の両親から、生まれます。彼らのうち一部は夜澄島に参りますが、そのまま出生地で暮らし続ける場合も珍しくありません」

 ……地理の授業で、断片的にだけれど習った。
 夜澄島は、明治時代に鬼神の一族が東京湾につくった、森深き禁忌の島――そこに、日本全国あわせても数百名しかいない鬼神の九割以上が、ともに暮らしているのだという。
 そのおそろしい霊力を秘めて――。

 と、いうことは。
 一割くらいの鬼神たちは……夜澄島の他のところで暮らしている、ということで。
 それが……血筋ではなく、輪廻転生で受け継がれた鬼神族ってことなのか……。

「畜生道の呪いを受けた者もまた、神々であったはずです。歌子様。貴女様は、ただの人間では御座いませんよ。あたくしたちと同じ……もとは神々であった者のはずです」

 黄見さんは、ほとんど完璧に、微笑む。

「ひとならざるもの。ひとはそれをあやかしと呼びます。であれば、歌子様はあやかしです」

 そんなこと……。
 急に言われたって。すぐには、信じられないけれど――。