ふたりはこちらを見る。

「あのー、さっきから私抜きで話が進んでますけど、それって私の今後に関わる重大なお話ですよね?」
「星夜様に対してそのような口をきくとは、失礼ではないか」

 星夜は、右手で暮葉さんを制する。

「よい。聞いてやろう」
「ありがとうございます、それでは遠慮なく。私の意志はお構いなしなんですか? 私の生活は、どうなるんですか? 私が夜澄島に来るのを一族に問う前に、私に問うてくれません?」
「……べらべらと。やはり、犬はしゃべらないからこそ尊く愛しい」
「はあ?」

 私は思わず、星夜を見て声を上げてしまった。
 尻尾がぴん、と毛羽だって立つ。

「あなたに感謝はしています。でも、いきなりここで暮らせなんて……あまりに一方的じゃありません? もっとこちらのことも考えてくださいませんかね――」
「人間ごときに、鬼神が配慮する必要などない」

 星夜は紅い瞳でこちらを睨みつけてくる。
 ……迫力がすごい。

 けれど、ここで負けるわけにもいかない。
 これは私の今後に関わる重大な話なのだ。

「まともな説明もなくただ引っ越してこいとか、無理です。家族も説得できないです」
「貴様の同意など不要。力ずくで留めてもよいのだぞ」
「お断りする、と申し上げてるわけじゃありません。ただ、もっとちゃんと話し合ってから決めたいだけです。……いいの? 星夜」
「――貴様。俺の名を、なんと呼んだ」
「星夜って呼び捨てにした。俺のことを星夜と親しく呼び捨てればよいって言ったのは、そっちじゃない」

 星夜が言葉に詰まるのがわかった。

「私がいれば霊力が高まるのも、私が知りすぎたのも、ほんとなんでしょうけど。私がいなくなったら、犬が飼えなくなるんでしょ。月に一度でいいから、自分だけの飼い犬が欲しいんでしょ。月に一度でいいから、もふもふしたいんでしょ! なのに、いいの? このままじゃ永遠にあなたのもとから逃げちゃうから!」

 気がつけば、暮葉さんはじっとりとした視線を星夜に向けている。
 結局、犬が飼いたいだけなんですか……みたいな。

「……それは、困る」

 星夜は絞り出すように言った。

「とりあえず、一族の会議とか大事(おおごと)にする前に、家族のところに帰らせてほしいの。とても心配してると思うから。それに、明後日からバイトのシフトも入ってる。いったん私の家に戻って、きちんと今後どうするかを話し合いたい。ここで暮らすとかいう話は、それから」
「……やむを得まい。暮葉、車を出せ」
「……承知しました」

 暮葉さんは、部屋を出るときにぼそりとつぶやいていた。

「犬には、かようにこの方は弱い……」

 星夜は平然と無表情を貫いていた。

 そういうわけで。
 犬の耳と尻尾だけを残して人間に戻った私は、星夜と暮葉さんとともに車に乗って、家に戻り、事情を説明することになった。