「という訳で、お願い!私の母親役をして。」



「もうちょっと可愛げのある言い方は出来ないか。そうすれば考えてあげないことも無いよ。」




「その手はもう効かないよ。この前もそれで騙されたし。」



"クライ”は、煙草を加えて、気だるそうに話だけを聞いてくれた。
本当に話だけは聞いてくれる。
その他は、一切してくれないことで有名だ。
"クライ”は結構気の知れた仲で、私が罪人だと知りつつも関わってくれている内の一人だ。
むしろ、彼女から関わってきた。
思い出すだけで、中々愉快な気分になる。
思い出はそれだけ心に作用してくる。



「んじゃ、ここのウェイトレスになってくれるなら考える。俺も父親役でどう?中々いい条件やけど」



「"シャン”、それ中々いいな。私もその案に賛成。」



「……ここに留まる期間だけならいいよ。」



このまま破談になるかと思いきや、トレイに名物ステーキをのせた"シャン”が助け舟を出してくれた。
シャンも私を罪人だと知ってる人間。
それでも関わってくれているのだから、この夫婦には頭をあげられない。



「これでバイトを雇わなくて済むよ。あざす。」



「人見知り克服のチャンスだったのに。」



ボソッとシャンが闇を感じる一言を洩らす。
シャンは、優男で国中から手紙が届くほど名の知れ渡る有名人だった。
だが、口下手で人前に出ると人見知りを起こして石のように固まってしまう。
ちなみに、この前の近隣住民で開かれパーティでも起きた。
時折、こんなことがあるのだからきっと色々大変なのだろう。
たまには労わってあげよう。



「一応アンタの設定を聞かせてもらっても?口裏を合わせた方がきっと楽だろう。」



「設定ね。それじゃあ、少し暗めの過去を持ってる感じがいい。人は暗いことをあまり聞きたがらないから。」



「オッケー。んじゃ、シャン頼んだ。」



「結局こっち任せで進めるんか。適当に考えるから、その辺でお喋りしてな。」


なんだかんだ言いながらしてくれるシャンは、胸元のポケットからメモを取り出してスラスラと書き始めた。
ここだけの話、シャンは子供からの人気が凄まじく良い。
原因は、彼が昔物語を作って子供に話しているからだと思われる。
"むかしむかし”とよくあるフレーズから始まるのだが、内容が中々にぶっ飛んでいて、それが子どもにウケているようだ。
毎日子供からの楽しいお遊びのお誘いが来る。
なんでも、それを断るのが心苦しくて毎回店番をクライに任せてしまうらしい。
クライは、性格的にこのことについて何も思っていないと思う。



「シャンは、小説でも書いたらいいのに。」





「でも、本人は書きたがらない。自分で"人の運命を決めたくない”んだって言ってたな。」




「なにそれ。シャンらしくて面白い理由ね。」




"人の運命を決めたくない”なんて本当にシャンらしい。
物語に出てくる登場人物として割り切ることは出来ないのだろう。
割り切れてしまったら、酷い運命を定めてしまう自分を攻め続け、シャンは傷つけていただろう。
それでも、彼をクライは簡単に癒してしまうのだ。
まさに愛の力とは偉大だ。
私もそんな魔法みたいな治癒力が欲しかった。
ふと頭の中にかつての親友が過ぎる。
何故か胸の奥が痛い。



「一応書けたよ。細かくなったけど覚えられる量だと思う。」



「ありがとう、シャン。……この<両親によって売り飛ばされた>っていう設定は、かなり嘘でもタチが悪いよ。」



「大丈夫。バレなかったらいいの。あまり触れられないようにかなり暗い過去にしてある。」




「うわ。これはバレたら死刑になる系の話だな。まして、相手は貴族なんだろ。」



横から顔を覗かせたクライがメモを見て顔を歪める。
目線の先には、<両親によって売り飛ばされた><馬車馬の如く働かされ精神を病んでしまっている><女給のような態度が癖ついている>という設定がある。
これはなんでもやり過ぎだと思う。
こんな話を聞けば、誰からも憐れまれてしまう。
下手を打てば、雇ってやるとか養女にならないかと言われそうだ。
誘いを断るその時に忘れてはならないのは、女給のように相手を立てることか。
私は、ろくな事が書かれていないメモを一読みして即座に破り捨てた。
あれ、何が書いてあったっけ。