辺りは静まりかえった。
国を代表する勇者が貧困街のガキのために頭を下げている。
その事実が衝撃を与えたのだろう。
感動的な話に涙を流す人々もいる。
しかし、一つの石が微かな音を立ててころがった。
そしてまた一つ。
「謝っても……兄ちゃんは帰ってこないんだ。どうして、庇ったりするんだよ!こんな奴!兄ちゃんだって勇者になるかもしれなかったんだ!お前が死んでくれてたら!」
投げたのは意外にも弟の方だった。
涙がとめどなく溢れ、拭うことも忘れて叫んでいる。
二度と戻ってこない兄。
どれだけ待っていてももう二度と話してくれない。
頭の中にかつての仲間(彼奴ら)の姿がよぎる。
どれだけ願っても返事はしないし、笑いかけてもくれない。
一緒に頭を下げてくれないし、馬鹿なことも出来ない。
胸の奥が暑い気がする。気の所為だと思うが。
勇者は黙って頭を下げ続けた。
勇者の仲間は勇者と共に並び、訳も分からないはずなのに頭を下げた。
呑気に話していたはずの観客たちは蜘蛛の子を散らすように音を立てずに帰っていく。
その間も、しばらくずっと頭を下げ続けていた。

「マジ、帰ろう。興ざめしたわ。」

私も観客に紛れて宿に戻った。
楽しそうな賑わいを見せていた夜店にも気を引かれずただ真っ直ぐに戻ることが出来た。
椅子に座ると、マジは向かいに座って買い込んでいた串焼をほうばった。

「よくそれだけ食べれるわね。飽きないの?」

「上手いものはどれだけ食べても上手い。だから、無限に食べれるんじゃよ」

よく分からない返しをされて、私は興味なさげに返事をした。
蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。
私もマジも何も話さなかった。
私の頭の中はさっきのことでいっぱいであった。
きっと兄弟にとってジャックは大切な家族だったはずだ。
それはきっとジャックからしてもそのはず。
家族を奪われた兄弟の嘆きは正当なものだ。
では、どうすればその思いは昇華されるのだろう。
勇者が頭を下げれば昇華されるのだろうか。
ずっと生涯で彼らは抱え続けなければならない。
兄が理不尽に死んでしまったということを。
私も同じ目に合うだろう。いつか。
私がしたことは償いきれない。
私は何千、何万の人に恨み続けられるのだろう。
_今更どうしようもないか

「さっきの兄弟はどうなるんじゃろうな。保護されるんじゃろうか」

「さあ。勇者がどうにかするんじゃないかしら。もしかしたら彼らが次の勇者になったりするのかもね」

恨みほど強いものは無いから。
きっと否、絶対あの兄弟は強くなる。
実力差が明らかな勇者に喧嘩をうれたのだ。
魔物にうれないわけない。