水面から顔を出したのは、何本もの触手だった。
触手の登場に驚いていた衛兵が、武器をかまえ前にずっしりと腰を下ろして構えた。
触手は攻撃に移ることはなかったが、相手は未知の生物であるから衛兵たちは易々と攻撃出来ずにいる。
訪れた膠着状態に、乗客も動けない。
まるで時間が止まってしまったみたいだった。
その時、野太い声がして、声に反応するように衛兵たちが次々と敬礼をした。
何が何だか話についていけない乗客を置いて、衛兵たちは道を開いた。
鍛え抜かれ私のふた周りほど大きく逞しい身体。
肩まで伸ばされた深い緑の髪に、目の周りを覆うように巻かれている包帯。
そして何故か後ろで肩で息をしながら自分よりも大きな鎧を持つ兵士。
只者ではないのは明らかだった。
多分鎧の大きさからして兵士が持っているそれは彼のなのだろう。


「私は、東の国の騎士団長エルム・エンハンスドである。そなたの名前をききたい!」



そして、多分団長らしき男が対話を試みている。
遠くから眺めていた乗客たちは、何も出来やしないくせに「早く退治してくれ」と野次を飛ばした。
気持ちがわからない訳では無いが、彼からすればとばっちりである。
怪物は、彼の声に反応するかのようにピタリと動きを止めたように見えた。


「《か弱き人間の騎士、エルム殿。儂はソナタのような人が好きじゃ。》」


怪物の突然の発言に、私たちだけでなく騎士達も驚きを隠せなかった。
それでも怪物は、空気を読むことをせずにペラペラと話し始めた。
話すと言ったが人間のように口で話すという訳ではなく、自然と頭の中に話していることが流れてくるというなんとも言えない感じだ。



「《儂は最初から手を出そうとした訳では無い。現に忠告しただろう。事実確認はその辺りにいるお嬢ちゃんに聞くといい。》」


周りにいる乗客たちが、怪物のいうお嬢ちゃんを見つけるためにキョロキョロ視線を向ける。
私もあたかも人を探しているかのように首を動かした。
余計なことをという言葉は、飲み込んでおこう。
変なことに巻き込むなと文句を言ってやりたいが、言ってろくでもないことに巻き込まれるのは御免だ。


「では、貴殿は乗客に危害を加える気は無いのだな!」



「《儂は戒めを与えたいだけじゃ。自分の愚かさにも気付かぬ愚か者には、罰を与えるのが一番簡単で理解しやすいだろう。》」



確かにと納得した。
でも、どれ程の愚か者でも、騎士たちにとっては護衛対象だ。
衝突は免れ無さそうだ。