烏が帰る頃。
私はすっかりマリーさんと仲良くなり、散々話したあとご飯まで一緒食べた。
アスは最初は気を使って遠慮がちだったが、次第に気軽に話してくれるようになった。
敬語は外してくれず、少し残念だが仕方ない。
ケイは言わずもがなあの調子だった。
「今日はすみませんでした。急にお邪魔してしまって、ご飯までも……」
「いえいえ。あんなに楽しい晩餐会は初めてでした。本当に仲良しなんですね。」
帰り際、アスが私を宿まで送ると申し出た。
私は断ろうとしたもののアスの押しに負けて一緒に帰っている。
それにしても、暗いせいか殆ど人の気配がしない。
怪しいくらいに。
殺人事件があったからといっても異常だ。
子供や買い物帰りの女性ならまだしも、酔っ払いも居ないなんてことが有り得るのか。
色々な可能性を考えつつも、アスに怪しまれないように適当に話を続けた。
「仲良しですか……そうですね。彼らは私にとって家族のようなものです。」
アスは幸せそうに頬を緩めて笑った。
そのとき、アスの笑った顔が凄く綺麗に感じた。
笑顔なんて見飽きているはずなのに、どうしてか目が離せない。
「どうかしましたか。私の顔になにか……付いてますか。」
ケイが、私が動かないことを不思議に思ったのかケイが首を傾げた。
私は、「何も無いですよ」と笑って前を向いて一足先を歩いた。
トントントン。
片足で丸い円を飛んで渡ると、スカートがふわりと浮く。
トントントン。
足を入れ換え円を飛んで渡る。
トン。
最後の円にだ取り付き、両足を着いた。
辿り着いたのは、街の中央の噴水前。
「……いつの間にか街の中央まで来てしまいましたね。宿まで引き返しましょう。」
「そうですね。」
振り返ると、マリーさんの家からかなりの距離があるはずなのにアスは付いてきてくれていた。
私はアスに声を掛けるが、アスの声色はどこか冷たかった。
理由は分からないが、私が原因なのは間違いないだろう。
ここまで来るのに、誰一人出会わず機嫌を損ねるものがないからだ。
しかし、私に覚えがないのはどういうことだろう。
アスの気に触れないように振舞っていたはずだが。
「アス様、どうかしましたか。何かありましたか。」
「何かあったか……ですか。そうですね……」
そう言ってアスは、私の首筋に剣を突きつけた。
首筋に剣を突きつけられているにもか変わらず、私の脳は冷静だった。
「これは、どういうことでしょう」
「どういうことと言われましても、そのままです。私が貴方に件を突きつけているのですよ。」
「どうしてと聞いているのです。」
私は両手を上げ敵意がないことを伝えて、大人しくしていた。
できるだけ騒ぎを大きくしたくなかった。
それに、アスを傷つけたくなかった。
何よりも穏便に済ませたかったのだ。
「そうですね、強いて言うなら犯罪者を逮捕するためですね。そうでしょう。リリアさん否、レミィさん。」
アスが等々ネタばらしをしてしまった。
私の正体に気づかれたからには、殺らなければならない。
私は思わず笑い声を上げてしまった。
「どうしてお気付きになったんです。私はそんな素振りを見せなかったはずですよ。」
突然笑い出した私にアスは呆然としつつも、すぐに正気を取り戻し私を睨んだ。
おお怖いと私が冗談めいて言うと、アスは剣を振り切った。
私は、一歩後ろに引いて避けると足首に隠してあったナイフを取り出した。
「さっきの質問の返答ですが、私が気付いたのはそのナイフがきっかけでもあるんです。」
「へえ、ナイフがですか。どうしてナイフが隠されているだけで私だと分かったのですか。ただの町娘かもしれないでしょう。」
「ただの町娘はナイフを隠し持ちませんよ。私が今気づいているのは、もう片方の足首に仕込まれたナイフと服の下に隠された糸ですかね。」
アスが言った通り、私の服の下には目を凝らさないと見えないようなダイアモンドクラスの硬さを誇る糸が隠されている。
真逆、足首のナイフはともかく気づかれていたとは思わなかった。
「それでも思いつくのは狂人が関の山でしょう。どうして私がレミィだとわかったのですか。」
「あの変装魔法が解かれた瞬間貴方はマリーさんに殺気を飛ばしていたからですよ。マリーさんは気づかなかったようですが、あんな精錬されて瞬間的に発される殺気は初めてです。あの瞬間手練だとわかったのです。」
「その他にも貴方はいっぱいヒントをくれていますよ」と剣を構えながら、ケイは私に斬りかかった。
つまり、私は無意識に自らヒントをあげていたのか。
私もまだまだ未熟だ。気をつけなければならない。
「考え事とは余裕ですね。」
アスに意識を向けた頃には、いつの間にか私は尻もちを着いて、アスが私の心臓に向けて剣を突き立てようとしていた。
だから、といって大人しく刺される私ではない。
目眩しに光魔法を使い、ケイの隙を見てケイの首筋にナイフを当てた。
ケイがゴクリと喉をならしたのが分かる。
「トドメは刺されないのですか。」
「そうね。貴方は未熟だし、私は弱いものいじめは好きじゃないの。」
私はナイフを下ろして帰ろうと踵をかえした。
すると、アスが「それでも」と声を張り上げ、私は首だけアスに向けた。
「それでも、私には貴方を捕まえる義務がある。」
「貴方は未熟よ。諦めなさい。」
「私が未熟なのは承知の上です。それでも、この状態を違う視点で見れば私にとって成長するチャンスであります。ここで、私は強くなる。」
ケイは、私を見て堂々と宣言した。
私の脳裏にケイの姿が過ぎる。
かつての仲間のことを思い出したからか、私の口角は上がった。
「来てみな。でも、気を付けなよ。私は君のことを考えて手加減なんてしない最初から殺す気でいく。」
「貴方こそ本気の私に殺されないでくださいね。完膚なきまでに勝って逮捕するので。」