「おはようございます。」



朝。
久しぶりにひとっ走りしようと宿の扉を開けると、アスが立っていた。
私は夢を見ているのかもしれない。
そういえば、昨日は寝つきが悪かった。
きっとそのせいで悪夢を見ているのだろう。
夢から覚めるため顔を強く抓ってみたが夢は覚めない。
仕方ない。
何度も繰り返して、抓るしか無さそうだ。



「それだけ抓って覚めなければ、夢じゃないと察してください。」



「アス様が来るなんて伺っていませんでしたから。止めて下さらなければ、今も覚めない夢があるものなんだと思い続けていたと思います。」



「……呆れてしまいますね。」








折角来てもらって帰す訳には行かず、近くの喫茶で軽い食事をすることにした。
朝方なので人は店内には私たちぐらいだった。
静かな店内で、私たちは何も言わずコーヒーとサンドイッチを食べる。
アスが優雅にコーヒーを啜るに対して、私は警戒してでもほとんど動いていない。
このままでは埒が明かないと、私は行動を起こした。



「それでどのようなご用事ですか。お礼ならもう既に致しましたし、アス様が態々出向かれるようなことはありませんが……」



「そうですね。数時間前、少々厄介な事件が起きました。そこで、お会いした日に予感と仰っていたのを思い出しまして、もしやリリアさんには占術の才能があるのではと思ったんです。」



「それは、私がアス様たちの協力者になるということですね。占術の才能などあるとは思えませんし、お断りします。」



「なるほど。なら良かった。早速友人の元に向かいましょう。」




「ちょっと……耳の穴が詰まっていらっしゃるのではないのですか。少々医者を呼んだ方が良さそうですね。」



ここで私は察した。
アスは私が引き受けようが引受けまいが、最初から気にしていなかったのだ。
最初から私を梃子でも動かす気でいたのか。
アスは立ち上がり私の手を取って力強く引っ張った。
急に強い力で引っ張られたせいで、身体が机にあたり私のコーヒーがこぼれる。
私は慌てて拭き取ろうとしたが、アスは一向に手を離す気配がなかった。



「あの、離していただけますか。机の上にこぼれてしまったコーヒーを拭かないといけないのです。」



「私がやりますので、大丈夫ですよ。リリアが態々手を汚される必要はありません。」




アスはにっこりと笑って厨房から布を借りテーブルを懇切丁寧に拭いた。
アスは拭いている間は私から目線を逸らさず、私は明日に見つめられ居心地が悪かった。
綺麗に拭き取った布を厨房に返した後、私は参ったように両手を上げて大人しくついて行った。
店を出ると、アスが私に右手を差し出す。


「さあ、行きましょうか。」



「だから……きっともう説明しても聞いていただけないと思います。なので、さっさと連れていってください。」



私は大人しくて手を握った。
恋仲に見られるかもしれないが、顔に穴が空くほど見つめられるのはもう嫌だ。
職業ゆえなのか分からないが、アスはよく私を観察しては気味の悪い声を漏らす。
私は、それを引き気味に聞きながら平気そうに耐える。
素直に嫌な顔をしたら、何か弱点だと言っているように感じて気に食わないからだ。



「そういえば、アス様はご兄弟はいらっしゃらないのですか。」




「そうですね。一人っ子です。小さい頃からケイが一緒に遊んでくれたので、それほど寂しいと感じたことは無いです。自慢の幼なじみです。」




「幼なじみという響に憧れます。ケイさんとは、どれほどのお付き合いなんですか。」




「軽く十年近くですね。本当に長かったです。」




場繋ぎで何となく始めた会話だったが話は盛り上がり、アスが連れてきたかった場所に着くまで続いた。
アスが連れてきたかった場所は占術と書かれた看板が掛けられた一軒家だった。



「ここです。」



アスが、ドアを開け私に中に入るように促す。
私は、ここまで来たのだからと腹を括り家の中に入った。
私が家の中に入ったのを見ると、アスも続いて入りドアを閉めると鍵を掛けたのが分かった。
鍵をかけられたのなら、ドアごと破壊すればいい。
一応の時のために逃げるルートを考えながら、中を見渡した。
中一軒家の中は、真っ暗な部屋の中を蛍のような小さな光が照らしていた。



「ようこそ。貴方がアスちゃんの言ってたリリアさんね。」



ゴトゴトと何かの物音と誰かの声がする。
私は身構えて意識を耳に集中させた。




「そんな警戒しなくていいのよ。ごめんなさいね。移動するのは時間がかかるの。」



その声は時折咳き込んで苦しそうにして、それでも尚私に話しかけた。
内容は日常的な話だったが、たまに探りを入れるようなことを混ぜられていた。
私は、シャンたちと会話をした時に矛盾が生じないように、忠実に設定に従って回答した。



「いい加減にしてください。どなたですか。姿を現して下さい。」


話の流れが途絶えたスキをついて私は話を変えた。
いくらなんでも客を待たせすぎだ。
私は苛立ちを隠さなかった。
物音で大体の居場所は分かったから攻撃しようかと思ったが、アスの存在を思い出しやめた。



「あら、私が来る方向が分かってたのね。でも、攻撃するのはダメよ。こんにちは、リリアさん。」


やってきたのは、車椅子に乗ったお婆さんだった。
いかにも寿命まじかで目も見えないというような風貌をしていたが、お婆さんは確実に私の方を向いて話してたから目を見えないわけで話そうだった。
しかも、私の僅かな所作で私の行動を読んだことを考えると、只者では無さそうだ。



「こんにちは。私のような小娘の攻撃など、蚊ほどの威力もありませんよ。」



自分で言ってて悲しくなってくるような謙遜を言って、私たちは握手を交わした。
ぐっと手を握るお婆さんからは握力の衰えを感じない。
歳をとってくると握力の低下がみられるはずなのだが、私と同等それ以上の力強さだ。
盗賊という職業は、簡単に言うと器用な人が向いている。
戦士のような力強さや僧侶のような回復術もない。
器用にナイフやロープなどを利用して、ありとあらゆるものを武器に変える。
それが盗賊という職業だ。
一応、私も勇者パーティの一員でそこらへんの奴には負けないはずだ。多分。



「失礼ですが、年齢を伺っても大丈夫ですか。」





「ダメよ。女性に年齢を聞くのはマナー違反よ。」




愉快そうに笑うお婆さんからは、力強い生命力を感じる。
本当に何者なの。