「すみません。お待たせしました。」



アスが来た頃には、私たちは応接室をだいたい物色した後だった。
シャンは、ショーケースに飾られていた杯を眺め、クライは金目のものを売り払った金額を計算していた。
二人とも楽しそうでなによりだ。
かくいう私もひたすら殴る蹴るを繰り返し応接室にかけられた魔法を解明した。
とりあえずは、衝撃緩和、盗聴防止の魔法、物理反射、魔法反射ぐらいか。
そのほかはよく分からない。
私が魔法使いであったなら、その他もわかったのかもしれない。
今更ながら、よく誰にもみられなかったことだ。
見られていたら、違う形でアスと対面しなくてはならなかった。


「ア、アス様。この間はありがとうございますわ。本当に助かりました。」




「いえ、当然のことをしたまでです。貴方が、来てくださって本当に嬉しいです。」




「アス様、娘を助けて下さり本当にありがとうございました。急に押しかけるようなかたちになってしまい、すみません。」




これも作戦のうちだ。
作戦名はズバリ謝り倒し。
名前の通り、謝り倒して話を進めさせないという作戦だ。
このまま押し切れば、話は深く掘り下げられない。



「本当に当然のことをしたまでです。そうだ、あなた方のお名前を伺ってもよろしいですか。私友達が欲しかったんです。」




「そんな、平民の身分でありながら友達なんて……」




「娘がこんな様子ですから、お友達というには少し……」



「そういうことは私は一切気にしません。気にするのは、余っ程後ろめたいことがある貴族ですし、私はあなた方を信用します。」



「しかし……」


アスは真っ直ぐな瞳で私を見つめた。
本当に綺麗な燃えるような紅色の瞳だ。
取り出して愛好家にでも売ったら百万は下らないだろう。
そんなことはしないが。
私は、できるだけ名前は伏せて起きたかった。
セバスチャンには言ったが、恐らくアスは私自ら名乗ることを期待しているのだろう。
自分から名乗るということは、私は貴方を信頼しましたという証になる文化があるからだ。
私みたいな平民の信頼を得たところで何も無いと思う。
しかし、警戒するに越したことはないだろう。



「分かりました。私の名前は、リリアです。平民ゆえ、名前しかありません。」




「ふむ、リリアさんか。よろしくね。」




「さんなどつけていただく身分ではございません。なので、リリアとお呼びください。」





アスは分かったと言うように頷いて、シャンの方を向いた。
名乗れという意味なのだろう。
それを読み取ったシャンが、にこやかに微笑みながら自己紹介をする。



「改めまして、娘のリリアがお世話になりました。
私は吹雪。東の国からやってきた"移民”です。」



「ご挨拶申し上げます。私は皐月と申します。吹雪の妻ですわ。」



"移民”という言葉にアスは眉をピクリと動かした。
そもそも移民というのはあまり歓迎されにくい。
自国の文化を最も尊いものとし他国の文化を持ち込まれることを嫌う風習があるためだ。
この国の工業化が遅れているのも、それが理由かもしれない。



「東の国と仰っていましたが、どこの辺りから来たのですか。私はそういう話に興味がありまして。」




東の国。
それはあまりに広すぎることから未開の地が多く、宝の山やら珍獣やらがいると言われている場所だ。
最近発見された農村でも、見たことの無い作物が栽培されており、それを国に普及させている途中らしい。
ちなみに私も見たことがない。
イモのようなものらしいが、なんと皮が毒のような色をしているとか。
危険色を示しているのかもしれない。




「その、なんと言いますか……私は売られてきた身でして……ご期待にお応えできるような話はできないかもしれません。」





「なんと……そんなことがまだこの国でも起きていたのですね。助けられず、すみませんでした。ここに謝罪申し上げます。」





「いえ、そんな。アス様が謝られることはありません。」





「人を助け、国を守ることが私たちの責務です。それを達成できなくて、私たちがいる意味があるでしょうか。」





アスはとにかく熱い。
熱血すぎて、周りから引かれる典型的な熱血タイプだ。
どうやら、普段は冷静沈着で飄々とした顔をしているが、熱が入ると大変なことになるらしい。
厄介なことに、アス本人に自覚はない。
注意するにしても、熱血は悪いことではない。
私は、クライが助け舟を求めているが笑って流すことにした。