入社式の翌日の朝、ヒカリは会社に行く準備をしていた。今日からいよいよ本格的に、魔女になるための生活が始まるので、何をするにもワクワクしてしまう。

 寮の部屋に鍵をかけ駐輪場に行くと、シホの原付バイクはすでに無かった。ヒカリとしては早めに寮を出発したつもりだったので、それよりも早くシホが寮を出発していることに驚いた。



 会社に到着して玄関を開けると、シホはもう制服姿で受付の席に座っていた。

「おはようございます!」

 ヒカリはシホに挨拶をした。

「あ、おはよう!」

 シホも優しく笑いながら挨拶を返してくれた。

「シホさん、いつもこの時間には出社してるんですか?」

 ヒカリは自分の出社時間が遅いのかと心配になって質問した。

「そうでもないよ。日によってまちまち。遅い時はギリギリの時もあるし」

 シホはそう言うと手で口を隠しながらあくびをした。きっと、いろいろと疲れが溜まっているのだろうと察した。ヒカリは更衣室で制服に着替えて受付の席に座った。始業時間になったら声をかけるとシホに言われたので、その間は筆記用具を準備して待機することにした。

 始業時間となり、シホがヒカリの方を向いて座ったので、ヒカリもシホの方に体を向けて座った。

「さてと。今日からヒカリちゃんには受付の仕事をしてもらいます! お客さんがいない間に一通りやることを教えちゃうね!」
「はい! よろしくお願いします!」

 シホが受付の仕事について説明を始めた。ヒカリは初めての仕事だったのですごく緊張していたが、シホの説明と仕事内容をまとめた資料がすごくわかりやすかったので、理解が深まっていくのと同時に緊張も少しずつ解けていった。

「ざっとこんなところかな! また、わからないところがあったら、いつでも聞いてね!」

 シホは笑顔でそう言った。

「はい! シホさんの説明が上手だったので、すごく理解しやすかったです!」

 ヒカリはシホの上手な説明に感動してそう言った。

「そう? それならよかった!」

 シホも褒められて嬉しそうだ。

「それじゃ、お客さんがくるまでは、こっちの仕事をやっていこうか!」

 ヒカリがはいと返事をすると、シホはすぐにキリっとした表情に戻って仕事を始めた。

「ヒカリ、ちょっといいか?」

 エドがヒカリに声をかける。ヒカリはこのタイミングでエドの方に行っていいのかわからず、とっさにシホの顔を見た。

「うん。大丈夫だよ」

 シホはそう言うとすぐに仕事を再開した。

「じゃ、ちょっと行ってきます」

 ヒカリはシホにひと声かけてから席を立ち、少し後ろにいたエドの前に立った。

「魔女見習いになって早々悪いんだけど。見てのとおり相談所の仕事が多すぎて、皆手が回らない状態なんだ」

 エドは深刻そうな表情で言った。

「うん。皆すごく忙しそうだね」

 ヒカリもエドに言われる前から、なんとなく皆が忙しそうなのは気づいていた。

「俺もしばらくの間、出張の仕事が入ってしまったから、ヒカリの魔法指導ができそうにないんだ。誰かにお願いしたいけど、皆余裕がない状態でさ。本当にごめん」

 エドは申し訳なさそうな表情で言った。

「そうなんだ。……仕方ないよね。わかった」

 ヒカリはそれが仕方ない状況だとはわかっていても、魔女になるための修行ができなくなってしまうことに、歯がゆさを感じた。

「まずは、マリーからも言われたとおり、仕事を頑張ってくれ」

 エドはそう言うと去っていった。ヒカリは落ち込みながら受付の席に戻る。

「なんかあったの?」

 シホは元気がないことを察してか、すぐに心配して聞いてきた。

「しばらく仕事が忙しくて魔法の指導ができないから、今は仕事を頑張ってくれって言われました」

 ヒカリは少し弱々しく言う。

「早く魔法の修行したいよね」

 シホも同じ魔女見習いだからなのか、的確にヒカリの気持ちを言い当てた。

「はい」

 ヒカリは元気のないまま返事をした。

「でも、魔女になるためには、仕事をするのも大切だってマリーさんも言ってるし、お互い頑張ろう!」

 シホは元気のないヒカリを励まそうとしてくれているのだろう。ヒカリはそれでも元気が出なかったので、今の状況は仕方ないから少しの間、我慢するしかないとどうにか思い込もうとした。





 その日から数日間、仕事ばかりする日々が続いた。ROSEの皆はずっとバタバタと余裕がない様子で、とても魔女修行をお願いできるような状態ではないとわかってはいた。だけど、魔女になるためにここへきたのに、やっていることは相談所の受付業務ばかり。ヒカリは徐々にやる気を失っていった。

 そんなある日、仕事を終わらせたヒカリとシホは一緒に会社を出た。ヒカリは会社の玄関を出るなり、すぐに立ち止まった。

「……シホさん、ちょっと話が――」

 ヒカリがシホに話しかけた瞬間、玄関が開いてベルがシホに声をかけた。

「シホさん! マリーさんが呼んでます!」

 ベルは急いでいるようだった。

「ヒカリちゃん、ごめん。先に帰ってて。呼ばれたから行ってくる」

 シホはそう言うと急ぎ足で会社に入っていく。ヒカリは少し悲しい気持ちがわき上がってきたが、ぐっとこらえて帰宅することにした。

 寮に帰ったヒカリは、部屋の中で体育座りをして少し頭を抱えていた。

「私何してるんだろう……。魔女になるためにここへきたのに、やっていることは仕事だけ……。仕事やってるだけじゃ……。魔女になんてなれっこないよ……」

 ヒカリは歯がゆくて涙が出そうになったがこらえる。するとその時、ヒカリの部屋をノックする音が聞こえてきた。