ヒカリとシホは事務所を出て、ばら園の方に向かって歩いていた。すぐ近くにあるとはいえ、霧島ヶ丘公園の広い敷地内を移動するわけだから、散歩だと考えるといい運動になる距離だ。これからお世話になる受付員の先輩のシホは、まだゆっくり話したこともないので、実際どうなのかはわからないが、歩いていても姿勢が良く、美人できっと素敵な先輩なのだと直感的に思った。いずれにしても、魔女の先輩ができたので、ヒカリは気持ちが高揚していた。

「すごい元気な人ばかりなんですね!」

 ヒカリはシホに話しかける。

「うん! 面白い職場」

 シホは進行方向を向き、少し笑みをこぼしながら答えた。

「みんな魔法使いなんですよね! すごいなー、魔法使えるの!」

 ヒカリはワクワクしながら言う。

「実はね、私もヒカリちゃんと同じで魔女見習いなの。今年で二年目」

 シホは少し落ち着いた口調でそう言った。

「そうなんですか! 他にも魔女見習いの方はいるんですか?」

 ヒカリはシホが魔女見習いだと知って驚いた。

「ううん。私とヒカリちゃんだけ」

 シホはほんの少しだけ笑顔を浮かべながらヒカリを見た。

「そうなんですね。魔女見習いの先輩ですね! 同じ境遇なのですごく親近感湧きます!」

 ヒカリは自分以外の魔女見習いがいることに喜びを感じた。

「私もすごく嬉しいよ! よろしくね!」

 シホは満面の笑みでそう言った。

「よろしくお願いします!」

 ヒカリはそんなシホの笑顔を見て、やはり素敵な人だと思った。

「でもね、一回目の魔女試験で不合格だったから、次で最後なんだ」

 シホはまた進行方向を見て話す。

「魔女試験って、やっぱり難しいんですか?」

 ヒカリは少し不安な気持ちが出てくる。

「年に一回あるけど、一人も魔女になれないことも多いらしいからね」

 シホは進行方向を見ながら落ち着いた表情で話す。

「そんなに難しいんですね……。シホさんは、なんで魔女になりたいんですか?」

 ヒカリはシホに問いかけた。

「うーん……。正直言うと、最近よくわからなくなってしまってね」

 シホは少し苦笑いを浮かべながらそう言った。

「……まぁ、いろいろあるってことかな! ふふふ!」

 シホは苦笑いをやめて、笑顔で元気よくヒカリの顔を見て言う。

「人それぞれ、魔女見習いもそれぞれってことですね!」

 ヒカリは笑顔でそう言った。

「そうそう!」

 シホは優しい笑顔で返した。



 ヒカリとシホはばら園正面入口の広場に到着した。薔薇にちなんだ商品を販売している売店とレストラン。ヒカリは久しぶりのばら園に自然と心が弾んだ。

「このばら園やレストラン、そしてこの辺りの敷地にあるものは、全部マリーさんが所有しているものなんだよ」

 シホは指差ししたり腕を広げたりして話した。

「小さい頃からここには来ていましたけど、まさか魔女が運営していたとは、本当に驚きです」

 ヒカリは周りを見渡しながら言う。

「こんにちは、シホちゃん! そちらの方は?」

 かのやばら園と書かれた緑のメッシュキャップに緑のポロシャツを着た人達が集まってきた。

「相談所に今日から入った新入社員です。今日は皆さんに挨拶をしにきました」

 シホはそう言うとヒカリに合図をした。

「こんにちは! ヒカリと言います! よろしくお願いします!」

 ヒカリは集まってきたばら園の方々に挨拶をした。ばら園の従業員達は『よろしく』と返事をした後、離れていった。

「その髪留めは……もしかして?」

 ばら園の従業員なのだろうか、花柄の割烹着を着た一人のお婆さんがヒカリの髪留めを見て驚いていた。

「あ。これは昔マリーさんからもらったものです」

 ヒカリはそのお婆さんに言った。

「そうかい。……いやー、懐かしいものだったから驚いた。またねい」

 そのお婆さんはそう言うと去っていった。

「まぁ、ばら園の皆はすごく忙しそうだから、ヒカリちゃんの顔見せだけにしておくか。相談所の従業員もばら園が忙しい時には手伝いをするから、その時に顔と名前を覚えていってね」

 シホは仕方なさそうな顔でそう言った。

「よし。……じゃ、戻ろっか」

 シホはヒカリにそう言い、ヒカリは事務所に戻ろうとした。

「……と、その前に。ヒカリちゃん、ばらソフト好き?」

 シホはヒカリに問いかける。

「好きです!」

 ヒカリは即答した。

「じゃ、ちょっとサボろうか!」

 シホはわんぱく少年がいたずらして、楽しんでいる時のような表情を浮かべながら言った。

「えっ? シホさん、意外とそういう感じなんですか?」

 ヒカリはシホの少し不真面目そうな行動にすごく驚いた。今までの真面目そうな雰囲気が偽りだったのかとも疑ってしまう。ただ、少し不真面目そうなシホもそれはそれで人間味があり、ヒカリ的にはむしろ好印象だった。

「ヒカリちゃんの入社祝いで、ばらソフトおごってあげる!」

 シホはヒカリの目を見て笑顔でそう言った。

「あ、ありがとうございます!」

 ヒカリは少し戸惑いながらも、自分をお祝いしてくれるシホの温かい気持ちが嬉しかった。

「へへへ」

 シホがそう言って笑った表情は、世の男性を一瞬で虜にしてしまうくらい、可愛いらしさと優しさがいっぱいに詰まったものだった。



 日陰のベンチに座り、ばらソフトを食べるヒカリとシホ。気持ちの良い自然の風景を見ながら食べるばらソフトは最高だった。

「まぁ、ROSEは休憩できる時に休憩するのがオッケーな会社だから、全然いいんだけどね」

 シホはさらっと笑顔で言った。

「えっ? いいんですか! ……びっくりしましたよ! シホさん結構やんちゃなのかと!」

 ヒカリはシホが少し驚くような発言をしただけなのかと思って安心した。

「でも、実際は……どちらかと言えば、やんちゃかもね」

 シホは含み笑いを浮かべて言った。

「えっ? そうなんですか!」

 ヒカリはまた驚く。

「んー、内緒!」

 シホはニヤリと笑いながら言った。

「えー!」

 それからヒカリはしばらくシホといろんな話をした。高校のことや休みの日の過ごし方など。不思議だった、滅多に自分の話をしてこなかったヒカリなのに、シホが相手だと自然と話せていたからだ。なんだろう、この環境だと本当の自分を包み隠さずにいられる気がする。こんなに心の底から笑ったのはいつぶりだろうか。ほんの数分、そんな短い時間で、シホとの会話が幸せなひと時だと思えるようになっていった。二人の会話が途切れた後、少しだけ沈黙が流れた。

「こうやってさ……。ずっとここで働いていたいなって思うんだけど、難関な魔女試験合格しないとそれは無理で。…………どうなることやら」

 シホは少し寂しそうな表情を浮かべながら言った。ヒカリはシホが魔女試験に対して、ずっと不安な気持ちを抱いているということがわかった。ヒカリ自身もまだ経験をしていない魔女試験だが、経験していなくてもそれなりの不安はある。それでも、こうやってヒカリに仲良く優しく接してくれるシホとの時間は、今日のたった数十分しか過ごせていないのに、どうしても無くなって欲しくない時間だと思った。そう思っている自分の気持ちに気づき始めたら、だんだん胸が熱くなってきた。

「…………絶対」

 ヒカリは下を向きながらつぶやく。

「ん?」

 シホはヒカリの発言が気になったように聞き返してきた。すると、ヒカリは勢いよくベンチから立ち上がりシホを見た。

「絶対、魔女試験合格しましょう! そして、二人揃ってここでばらソフトを食べながら、生きていきましょう!」

 ヒカリは真剣な表情で力強くシホに言った。シホは目を大きく開いて驚いているような表情を見せた。

「……ふふ。……そうね! 私もヒカリちゃんとばらソフト食べながら過ごしていきたい! まだ知り合って少ししか経ってないけど、ヒカリちゃんとはすごく気が合うと思うし、きっともっともっと仲良くなれるはずだから!」

 シホも立ち上がりながら真剣な表情で力強くそう言った。

「だから、お互い…………がんばーろーー!」

 シホは両腕を下から大きく振り上げ、V字の形に持っていく動作をしながら『頑張ろう』と言った。

「ふふ! がんばーろーー!」

 ヒカリもシホと同じ動作をして言い返した。

「あれ? この動き、意外と力強くないなー! 失敗したー!」

 おそらくシホはもっと力強く表現したかったらしい。ただ、この動作は力強いというよりは、可愛いものだと思う。なんにせよ、こんなに明るくて元気なシホは、ヒカリにとって魅力的な存在だった。

「えっ! 可愛い動きがしたかったんじゃないんですか? どう見ても子供がするやつですよ!」

 ヒカリがシホにそう言うと、二人とも面白かったのか、お腹を抱えて笑い始めてしまった。