崖の下に落ちたヒカリは目を覚ました。

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!」

 迷子は泣きながら声をかけていた。どうやら、死んではいなかったようだ。

「……う。いててて」

 ヒカリは全身が痛かったが、どうにか横になっていた体を起こすことができた。

「……えーっと。崖から落ちてなんで助かったんだろう?」

 ヒカリは周りを見て驚いた。木々のたくさんの枝や植物のつるが集まり、クッションになって受け止めてくれていたからだ。

「あなた達が助けてくれたんだね。ありがとう」

 ヒカリは一命を取りとめたものの、やはり突風の影響は大きく体中が傷だらけだった。それでもヒカリは立ち上がる。そして、迷子を抱えて木の下に降りた。

「お姉ちゃん! 大丈夫?」

 迷子は心配してくれていた。

「……うん。……大丈夫だよ」

 ヒカリは笑みを浮かべながら優しく言った。

「大丈夫って。私を守ってこんなに傷だらけなのに」

 迷子はヒカリにケガさせてしまったことを、気にしているようだった。

「こんなの大したことないんだよ」

 ヒカリは迷子の頭をなでながら笑顔で言った。

「そんなの嘘だ! 無理しないでよ!」

 迷子はヒカリの顔を見ながら力強く言う。ヒカリは迷子を抱きしめた。

「お姉ちゃんはね、あなたを守れなかった時の方が、ずっと辛いの……。だから、大丈夫」

 ヒカリは抱きしめながら優しく言った。すると、迷子は安心したのか、すぐに眠ってしまった。

「……すごく強い子。ずっと我慢してたんだね」

 ヒカリは迷子の寝顔を見ながら静かにつぶやく。ヒカリは誰かに連絡しようとスマートフォンを取り出した。しかし、残念なことに突風の衝撃が原因なのか電源が入らず壊れてしまっていた。ほうきが見あたらないので、おそらく突風でどこかへ飛んでいってしまったのだろう。とにかく時間が無いので歩いて帰ろう。そう決めたヒカリは迷子をおんぶした。

「どっちに行けばいいのかな。………………。そっちね、ありがとう」

 ヒカリがそうつぶやくと、どこからともなく声が聞こえて、帰るべき方向を知ることができた。

「はぁ……。はぁ……。はぁ……」

 ヒカリは全身の痛みに震えながらも、迷子をおぶってゆっくりと歩き始めた。





 一方その頃、エドとアレンは戦いを繰り広げていた。

「今日は、『超速』を使わないのか?」

 アレンは体術による攻撃中に笑みを浮かべながら問いかける。

「そんなの使わなくても、お前ごときに負けねえからな!」

 エドはアレンの体術を防ぎながら言う。しかし、エドの本音は、ここで『超速』を使うと魔力を使い切って何もできなくなってしまうのが嫌だったのだ。その時、遠くから大きな音が聞こえて、エドとアレンはお互い距離をとって構えた。その後、少しだけ風が吹く。

「なんだ! 突風か? それにしても大きすぎるだろ」

 エドは何が起きているのかわからず戸惑った。

「グリードが戦ってるみたいだな」

 アレンは落ち着いた口調でそう言った。

「あっちは、ヒカリが飛んでいった方向じゃねえか!」

 エドは焦った。

「ヒカリとは誰だ?」

 アレンはエドに問いかける。

「俺の仲間だよ!」

 エドはいら立ってきた。

「お前、前もそう言って仲間を助けに命がけでやってきたな。それほど仲間が大切か?」

 アレンは落ち着いた様子で問いかける。

「あぁ、俺の家族だからな!」

 エドはヒカリが心配で落ち着かなかった。

「……家族か。…………行け」

 アレンは腕を組みながらそう言った。

「えっ!」

 エドはアレンの発言に耳を疑った。

「俺は、お前をライバルだと思っている。グリードと手を組んだのも、強いやつと出会いたかっただけだからな。……そんなお前とは、余計なことを考えずに思いっきり戦ってみたいんだ。だから、勝負はまた今度にしよう。早く行ってこい!」

 アレンは少し笑みを浮かべながら言った。

「はは! お前いいやつだな! 俺もお前をライバルとして認めてやる! またいつか勝負しようぜ!」
「あぁ!」

 エドはアレンに向けて笑顔で言うと、ほうきに乗ってすぐに飛び出した。

「間に合ってくれ! ……もっとだ! もっと速く!」

 エドはほうきにしがみつき全速力で飛んでいく。ヒカリが無事でいて欲しい。それだけを祈った。すると、エドは高い崖の下を歩いているヒカリを見つけた。

「あそこだ! よかった! 生きてた!」

 エドはヒカリの無事を確認できて嬉しかった。しかし、その時、ヒカリが歩いているところの崖の上に人影が見えた。よく見ると、その人影はグリードだった。

「グリード!」

 エドは焦った。すると、グリードは崖の下を覗き込んだ。

「まさか……。あいつ!」

 エドは嫌な予感がした。そのエドの予感通り、いきなりグリードは魔法で大きな崖を崩したのだった。高さ二十メートル以上もある崖が、大きな一つの塊となってヒカリの頭上に落下する。

「なに! くそ! 間に合え! っぐ、ダメだ! ……超速!」

 エドはグリードと戦う可能性を考えて超速を使いたくなかったが、それよりも今ヒカリを救わないと駄目だと気づき、ゴーグルを目の位置にずらして、すぐに超速を使い、自分が出せる最高速度でほうきを飛ばした。

「くっそおおおおおおお! ひいかああああありいいいいいいいい!」

 エドは自分の魔力を全て使い、今まで出したことの無い速度でほうきを飛ばした。目の前で仲間が命を失うなんて絶対に許せなかった。それも自分のことをいつも信じてくれるヒカリなら尚更だった。

 しかし、距離が遠すぎて間に合いそうもなかった。言葉にならないエドの叫びが響き渡る。





 ヒカリは迷子をおぶりながら歩いていた。ただ歩く。それだけだった。

 その時、誰かが自分を呼ぶ声が聞こえてきた。気がつくと急に辺り一面が影になっている。何が起きているのかわからないが、何が影を作っているのかと気になり、足を止めて頭上を見た。

 すると、急にとてつもなく大きな岩が落ちてきていた。ヒカリはなぜそんなものが落ちてきているのかがわからなかった。ただ、このままでは自分は潰されてしまう。それは駄目なことだとわかり、ヒカリは落ちてくる大きな岩を見上げながら口を開く。

「…………ごめんね。ちょっと、通らせて」

 その瞬間、落下していた大きな岩が、金色の光を放ちながら空中で静止した。ヒカリはそれを確認すると、またゆっくりと歩き出す。十秒ほど歩いて大きな岩の下を抜けた時、大きな岩は落下し、ものすごい地響きと砂煙をたてた。ヒカリはそれから数歩歩くと、急に体の力が抜けて眠くなってしまった。





 崖の上にいたグリードはすごく驚いた。まさかあれだけの大きな崖を、魔法で止められるなんて思いもしなかったからだ。すると、後ろに気配がして振り返ると、鬼の魔女ともう一人若い魔女がいた。

「鬼の魔女! お前の仕業か?」

 グリードは鬼の魔女が大きな崖を止めたのだと察した。

「何を言っているのかわからないけど、もう我慢できないね」

 鬼の魔女はとぼけた様子だった。ただ、ここでまたやられてしまうわけにはいかないので、先手ですぐさま攻撃しようと考えた。

「……くらえっ!」

 グリードは鬼の魔女に対して、全力で重力変化の魔法をかけた。しかし、鬼の魔女はびくともしなかった。

「お前程度の魔法が私に効くと思ってんの? さて、どうしようか。……ふふ! いいこと思いついた!」

 鬼の魔女は笑いながらそう言うと、一瞬でグリードの背後まで移動した。気がつくとグリードは全身がバリアに包まれていた。

「なんだこれは!」

 グリードは焦った。

「私よりも怖い魔女のところに送ってあげる」

 鬼の魔女はそう言った。

「まさか!」

 グリードは、考えたくもないほど恐ろしい魔女が頭に浮かんだ。

「最凶の魔女、『呪いの魔女』のもとへな!」

 鬼の魔女は力強く言った。

「やめろ!」

 グリードは大声で叫ぶと、目の前の景色が歪み、歪みが消えると見たこともない館の中にいた。

「どこだここは!」

 グリードは焦りながら構える。すると、薄暗い館の奥から足音が近づいてきた。

「ひっひっひっひっ! 誰だーい? 勝手に私の館に入り込んだのはー? あぁーん?」

 グリードはその恐ろしい形相に体が震えた。

「違う! 俺は……! うわあああああああああ!」





 ヒカリは目を覚ました。目の前に綺麗な夕焼けとベンチの背もたれが見えるので、屋外にいるのがわかった。

「お。起きたか」

 エドの声がした。全身痛いが起き上がれそうなので起き上がってみた。着ていたローブが枕になっていていつの間にか私服姿になっていた。おそらく、少しでも楽になって欲しいと誰かが気を利かせたのだろう。それから周りを見渡すと、捜索隊が集まっている場所にいることがわかった。左を見るとエドが同じベンチに座っていた。

「……エド」

 ヒカリは声をかける。

「よく頑張ったな」

 エドは優しい表情でそう言った。

「……あの子は?」

 ヒカリは迷子がどうなったのか気になり問いかける。

「お姉ちゃん!」

 突然、声が聞こえたので振り向いた。すると、迷子の子がヒカリにゆっくりと近づいてきた。どうやら、怪我をしていた足も、ゆっくりとなら歩けるほどに回復していたようだ。

「無事でよかった……」

 ヒカリは迷子の子の無事が確認でき、嬉しくなってつぶやいた。迷子の子はヒカリの傍までくると、ヒカリの手を両手で握ってきた。

「本当に、本当に、本当にありがとう! お姉ちゃんが来てくれて、すごく嬉しかった! それでね私、夢ができたの! それはね、お姉ちゃんみたいな、かっこいい魔女になること! へへ!」

 迷子の子は嬉しそうに笑顔で話した。

「……うん。きっとなれるよ」

 ヒカリは優しく笑顔を浮かべて言った。

「それじゃ、またね! ばいばーい!」

 迷子の子はヒカリから離れながら笑顔で言い、両親のもとにゆっくりと歩いて行った。ヒカリは迷子に向けて手を振った。

 ヒカリは迷子が去った後、しばらく下を向いていた。

「……エド」

 ヒカリは下を向いたままエドに話しかける。

「……私、魔法が使えて本当に良かった」

 ヒカリは両手で涙を押さえながら言った。

「……うん。そうだな」

 エドは優しい口調で言った。それからヒカリはしばらく静かに泣き続けた。涙がおさまり気持ちが落ち着いたヒカリは顔を上げた。

「そういえばさ、迷子の子の魔女玉はそのままなの?」

 ヒカリはエドに問いかける。

「いや、マリーが魔女玉としての機能を抜き取ったから、今はもう魔女玉ではないらしい」

 エドは落ち着いた口調で言う。

「そっか。それならよかった」

 ヒカリは迷子の子がまた危険な目にあわないかと心配になったが、もう魔女玉ではないと聞いて安心した。

 こうしてヒカリは、初めて魔法を使って人を救う経験をしたのだった。