ヒカリは目を覚ます。
「あれ……。ここは……自分の部屋か……」
周りを確認すると今は寮の部屋にいるようだ。
「たしか、魔法で宙に浮くことができて、すごく嬉しかったような。……えっ? あれは夢だったの? そんなー。そりゃないよー。……あー、せっかく魔法を発動できたのになー」
ヒカリは落ち込みながらぼやいた後、起き上がろうとしたのだが、体に力が入らないことに気づく。
「あれ、全然力が入らない。……もしかして金縛りってやつ? やばいよ! 金縛りになったら怖い何かが見えたりするんでしょ? どうしよう!」
ヒカリは焦りながらそう言った。
「あ、言葉が出るから違うか。……んー、全身の力が抜けてる感じ。……なんだろう」
ヒカリはあっさりと金縛りを否定した後、今まで経験したことの無い脱力感を不思議に思った。すると、ヒカリの部屋をノックする音が聞こえた。
「はい! 今ちょっと動けなくて……」
ヒカリが少しだけ大きな声で言った次の瞬間、ドアノブが回る音が聞こえて扉が開き始めた。部屋の鍵がかかっていなかったことにすごく驚き、誰が入ってくるのかもわからず怖くなったヒカリは、とっさに目を閉じてしまった。誰かが入ってくる足音は聞こえるが、閉じた目を開けることができない。
「起きたか。体調は大丈夫か?」
聞き覚えのある声が聞こえて、ゆっくりと目を開けると、そこにはエドがいた。
「……エド。びっくりしたー。不審者かと思ったよ!」
ヒカリは声の主がエドだとわかり安心した。
「不審者じゃねえよ!」
エドが少し怒った。
「ごめんごめん!」
ヒカリは笑ってごまかす。エドは一瞬ヒカリの顔を見てから、カーテンを開けて部屋に日光を入れた。
「体調はどうだ?」
ヒカリの顔を見ながら言った。
「えっと……。なんか全身の力が入らなくて、動けない――」
ヒカリは話している最中に言葉が詰まり固まってしまった。それは、エドが急に顔を近づけてきたことが原因だ。急なエドの行動に全く理解が追いつかない。とにかく動揺してしまう。エドの顔が目の前まで迫ってきた時、ヒカリは黙って息を止めた。
「――熱はなさそうだな」
エドはヒカリのおでこに自分のおでこを当てて、熱が無いかを確認してすぐに離れた。ヒカリは訳も分からず、さらに動揺して顔が熱くなってきた。
「安心したよ」
エドは優しそうな口調で言った。ヒカリはまだ動揺したままだった。
「ヒカリちゃん。起きたみたいだね」
シホが安心した様子で部屋に入ってきた。
「シホさん。私、何がどうなって」
ヒカリはシホに問いかけた。
「昨日の夜、エドがヒカリちゃんを抱えて帰ってきたんだよ」
シホはそう言った。
「エドが私を?」
ヒカリは視線をシホからエドに移しながら言う。
「ヒカリが魔法を発動させられたのはいいんだけど、魔力を全部使って倒れたから大変だったんだぞ」
エドは少しだけ笑みを浮かべながら言った。
「そんなことが……。えっ! 私、魔法を発動できたの?」
ヒカリは驚いてエドに聞き返した。
「そうさ! こんくらいの高さで少しの間だったけどな!」
エドは笑顔で言う。
「……夢じゃなかったんだ。……そっか! よかったー!」
ヒカリは夢ではないことがわかり安心し、嬉しい気持ちがわき上がってきた。
「まぁ、本当によくやったよ」
エドは嬉しそうにそう言った。
「でも、魔力を使い過ぎると倒れちゃうんだね」
ヒカリはぼやいた。
「そりゃ、そうだ! たった一回の魔法でも、それにつぎ込む魔力を上手に調整できないと、こんなことにもなってしまうんだ!」
エドは少し真剣そうに言った。
「そうなんだね」
ヒカリは魔力調整の大事さを痛感した。
「まぁ、とにかく大丈夫そうでよかった。あとは、三日くらい安静にしていれば、また魔力も戻るよ。それまでは、頭の中で空を飛ぶイメージを作っておくように」
エドはそう言った。
「わかった。たくさん面倒みてくれてありがとう」
ヒカリはエドに感謝の気持ちを伝えた。
「そんなの当然だ。……じゃ、また」
エドはそう言うと部屋を出ていった。
「じゃ、余計なことしないでおとなしく過ごしてね」
シホは優しく声をかける。
「シホさんもありがとうございました」
ヒカリがシホに感謝の気持ちを伝えると、シホは笑顔でうなずいた後、部屋を出ていった。
「…………。うふふふふふ。やったー。魔法使えるようになったー」
ヒカリは部屋で一人になると、小さな声で魔法を発動できた喜びをぼやいた。只々、嬉しかったから。
それから三日後、ヒカリは魔力が回復し、無事に元気よく動けるようになった。そして、その日の退勤後から、霧島ヶ丘公園の広場にて魔女修行を再開した。
「じゃ、今日からまた魔女修行を再開するぞ!」
エドがそう言った。
「うん!」
ヒカリは元気よく返事をした。
「魔女試験まであと二ヶ月しかないから、どんどんやっていくぞ!」
エドは真剣な表情で言った。
「うん! ……えーーっ! あと二ヶ月後に魔女試験なの?」
ヒカリは魔女試験が二か月後だということを知らなかったので驚いた。
「おう。そうらしいけど」
エドは落ち着いた様子だった。
「そんな大事なこと、早く教えてよー!」
ヒカリはエドを少しだけ責めた。
「いやいや、俺だって聞いたのは今日なんだから。……毎年、魔女試験は何月に開催されるとか決まってるわけじゃなくて、急に通知が届くようになっているらしい。……ちなみに、二ヶ月前の通知も早い方らしいぞ」
エドは冷静に説明をした。
「そ、そうなんだ……責めたりしてごめん。でも、あと二ヶ月しかないのか……」
ヒカリはエドの話を理解して謝った後、魔女試験まで二ヶ月しかないことを気にし始めた。
「あと二ヶ月もある! やれるだけのことをやっていこう!」
エドは真剣な口調でそう言った。
「エド……」
エドの前向きな発言に、重くなりそうだった気持ちが少しだけ軽くなる。
「もう少しやれたなーって思ってしまう時には、必ず後悔が生まれる。……だから、今の自分が本気で取り組んだとしたら、結果はどうであれ後悔はしない! ……やれるだけのことをやろう!」
エドが真剣な表情でどこか優しさもあるような口調でそう言った。ヒカリはエドの言葉のおかげで、前向きな気持ちがわき上がってくる。
「うん!」
ヒカリは元気よく返事をした。
「とはいえ、あと二ヶ月で試験に挑むわけで、これから何をやるかというと。……空を飛ぶ魔法をできるだけ使いこなすことだ!」
エドはそう言った。
「空を飛ぶ魔法ばかりでいいの? もっと幅広くやった方が良かったりしない?」
ヒカリはエドに問いかけた。
「もちろん、いろんな魔法が使えた方がいいんだけど、期間が限られている状況だと、幅広くやったら全部中途半端になってしまうだろ? ……たくさん魔法を使えるけど全部しょぼいのと、一つしか魔法を使えないけど、それなりに完成度が高いのだったら、俺は後者の方が良いと思う! やっぱり、魔女試験における魔法スキルの合格基準が明確になってないからこそ、こうやって悩むんだけどな。……まぁ、マリーも空を飛ぶ魔法を優先した方がいいって言ってるし。……だから、空を飛ぶ魔法をできるだけ使いこなすことにしよう!」
エドはそう言った。
「わかった!」
ヒカリはエドの考えに納得した。
「それじゃ、空を飛ぶ魔法の修行を始めていくけど、正直二ヶ月でどれだけ使いこなせるようになるかは俺にもわからない。……一つの魔法に絞ったところで、二ヶ月というのは短すぎるからな。……前にも言った通り、魔法を発動させてからの魔力コントロールこそが、魔女修行の主な内容だからこそ簡単なわけがないんだ。とにかく諦めずに頑張っていくぞ! 大切なのは、イメージとテクニックだ! よく覚えておけ!」
エドは腕を組みながらそう言った。
「うん!」
ヒカリはうなずく。
「それじゃ、やってみろ! もちろん、この前みたいに、一発で魔力を全部使わないように注意しろよ!」
エドはそう言った。
「わかった! よーし!」
ヒカリはほうきにまたがる。
「………………はっ!」
ヒカリがそう言うと魔法が発動し、宙に浮いたほうきにぶら下がった状態になった。
「できた! うわっ!」
魔法が発動したのも束の間、すぐに地面に落ちてしまった。
「いててて! 魔法が使えるようになったのは嬉しいけど、こんなんじゃ駄目だ! もっと頑張らないと!」
ヒカリは地面にぶつけたお尻を痛がりながら言った。
「もう一回言うけど、魔法に大事なのは、イメージとテクニックだ! イメージは、自分が発動させる魔法は、どんなものでどうなっているのか! テクニックは、イメージに合わせて送り込む魔力の配分や質を調整することだ! まず、空を飛ぶ魔法には、魔力の質はあまり関係ないから、とにかく、イメージに合わせて魔力の配分をして浮いてみせろ!」
エドは真剣な表情でそう言った。
「う、うん! ……えっと、イメージをして。……あまり力み過ぎないで……発動! うわっ!」
ヒカリは宙に浮かばず、前のめりに倒れてしまった。
「いてて。……魔力が少なすぎた」
ヒカリは立ち上がりながらそう言う。
「次は、もう少しだけ魔力強めで……。うわーっ!」
ヒカリは勢いよく数メートル上まで飛び上がっていた。そして、その高さから落下し始めた。
「えっ! やばい! どうしよう!」
ヒカリは焦った。どんどん速度を上げて落下していくからだ。そして、地面に叩きつけられると思って目を閉じた瞬間、ヒカリの体は空中で止まる。
「……あ」
ヒカリは驚いて固まってしまった。
「……続けろ」
エドがそう言うとヒカリは地面にゆっくり降りた。ヒカリはエドが魔法で助けてくれたことがわかった。
「魔力が強すぎても、弱すぎてもダメで。ちょうどいいところを…………」
ヒカリは今までの経験を活かし、バランスよく魔力を込めようと試みる。
「……はっ! うわっ!」
今度も魔力が強すぎたのだろう、ほうきにしがみついた状態で先ほどよりも高く飛び上がっていた。
「また、落ちるー!」
ヒカリは焦って叫んだ。
「だから……すぐ諦めてんじゃねえよ! しっかりイメージしろ!」
エドが大声でそう言うのが聞こえた。その言葉でヒカリは気づいた。なぜ魔法が途切れてしまうのか。
「……そうか! ここで落ちるイメージを持つから落ちるんだ! まだ、空を飛んでいる途中なんだよ! …………イメージ」
ヒカリはそう言って目を閉じた。地面に落ちるまでがチャンスなんだ。もし魔法が解けたとしても、また発動し直せば、ずっと浮いていることになるはず。そう信じながら魔力を込める。すると、魔法が発動し宙に浮いた状態になった。
「……ふぐうううううう!」
ヒカリはフラフラと上下しながら全神経を集中させて浮かぶ。
「ほら! できたじゃねえか! 顔やばいけど!」
ヒカリはそんなエドの言葉が一瞬聞こえたが、少し精神が乱れたのですぐに集中し直した。
「んぐぐぐ!」
宙に浮いた状態を続けるだけで、ものすごく神経を使う。たった一秒でも浮き続けるのは必死だった。
「……もう……ダメー!」
ヒカリは連続の魔力コントロールの限界に達してしまい、空中で魔法が解けた。すると、地面に落ちずに体がフワッと宙に浮かび、それに合わせてヒカリは体勢を立て直し、地面に座り込んだ。
「よくやったじゃねえか! 一応、空を飛んでられる時間は新記録だな!」
エドは嬉しそうにそう言った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ヒカリは疲れ果てて言葉が出なかった。
「魔力の扱いが慣れていないとそれだけで疲れるんだ。だんだん慣れてくれば、あまり疲れなくなってくるし、魔力も強くなってくるから持久力もついてくる。……少しずつだ」
エドはそう言ってヒカリの肩を優しく叩く。
「はぁ……はぁ……。……うん」
ヒカリは少しだけ魔力のコントロールができるようになった。とにかく、魔女試験に向けて、空を飛ぶ魔法をできるだけ使えるようになりたい。残り二ヶ月という短期間での猛特訓が始まった。
「あれ……。ここは……自分の部屋か……」
周りを確認すると今は寮の部屋にいるようだ。
「たしか、魔法で宙に浮くことができて、すごく嬉しかったような。……えっ? あれは夢だったの? そんなー。そりゃないよー。……あー、せっかく魔法を発動できたのになー」
ヒカリは落ち込みながらぼやいた後、起き上がろうとしたのだが、体に力が入らないことに気づく。
「あれ、全然力が入らない。……もしかして金縛りってやつ? やばいよ! 金縛りになったら怖い何かが見えたりするんでしょ? どうしよう!」
ヒカリは焦りながらそう言った。
「あ、言葉が出るから違うか。……んー、全身の力が抜けてる感じ。……なんだろう」
ヒカリはあっさりと金縛りを否定した後、今まで経験したことの無い脱力感を不思議に思った。すると、ヒカリの部屋をノックする音が聞こえた。
「はい! 今ちょっと動けなくて……」
ヒカリが少しだけ大きな声で言った次の瞬間、ドアノブが回る音が聞こえて扉が開き始めた。部屋の鍵がかかっていなかったことにすごく驚き、誰が入ってくるのかもわからず怖くなったヒカリは、とっさに目を閉じてしまった。誰かが入ってくる足音は聞こえるが、閉じた目を開けることができない。
「起きたか。体調は大丈夫か?」
聞き覚えのある声が聞こえて、ゆっくりと目を開けると、そこにはエドがいた。
「……エド。びっくりしたー。不審者かと思ったよ!」
ヒカリは声の主がエドだとわかり安心した。
「不審者じゃねえよ!」
エドが少し怒った。
「ごめんごめん!」
ヒカリは笑ってごまかす。エドは一瞬ヒカリの顔を見てから、カーテンを開けて部屋に日光を入れた。
「体調はどうだ?」
ヒカリの顔を見ながら言った。
「えっと……。なんか全身の力が入らなくて、動けない――」
ヒカリは話している最中に言葉が詰まり固まってしまった。それは、エドが急に顔を近づけてきたことが原因だ。急なエドの行動に全く理解が追いつかない。とにかく動揺してしまう。エドの顔が目の前まで迫ってきた時、ヒカリは黙って息を止めた。
「――熱はなさそうだな」
エドはヒカリのおでこに自分のおでこを当てて、熱が無いかを確認してすぐに離れた。ヒカリは訳も分からず、さらに動揺して顔が熱くなってきた。
「安心したよ」
エドは優しそうな口調で言った。ヒカリはまだ動揺したままだった。
「ヒカリちゃん。起きたみたいだね」
シホが安心した様子で部屋に入ってきた。
「シホさん。私、何がどうなって」
ヒカリはシホに問いかけた。
「昨日の夜、エドがヒカリちゃんを抱えて帰ってきたんだよ」
シホはそう言った。
「エドが私を?」
ヒカリは視線をシホからエドに移しながら言う。
「ヒカリが魔法を発動させられたのはいいんだけど、魔力を全部使って倒れたから大変だったんだぞ」
エドは少しだけ笑みを浮かべながら言った。
「そんなことが……。えっ! 私、魔法を発動できたの?」
ヒカリは驚いてエドに聞き返した。
「そうさ! こんくらいの高さで少しの間だったけどな!」
エドは笑顔で言う。
「……夢じゃなかったんだ。……そっか! よかったー!」
ヒカリは夢ではないことがわかり安心し、嬉しい気持ちがわき上がってきた。
「まぁ、本当によくやったよ」
エドは嬉しそうにそう言った。
「でも、魔力を使い過ぎると倒れちゃうんだね」
ヒカリはぼやいた。
「そりゃ、そうだ! たった一回の魔法でも、それにつぎ込む魔力を上手に調整できないと、こんなことにもなってしまうんだ!」
エドは少し真剣そうに言った。
「そうなんだね」
ヒカリは魔力調整の大事さを痛感した。
「まぁ、とにかく大丈夫そうでよかった。あとは、三日くらい安静にしていれば、また魔力も戻るよ。それまでは、頭の中で空を飛ぶイメージを作っておくように」
エドはそう言った。
「わかった。たくさん面倒みてくれてありがとう」
ヒカリはエドに感謝の気持ちを伝えた。
「そんなの当然だ。……じゃ、また」
エドはそう言うと部屋を出ていった。
「じゃ、余計なことしないでおとなしく過ごしてね」
シホは優しく声をかける。
「シホさんもありがとうございました」
ヒカリがシホに感謝の気持ちを伝えると、シホは笑顔でうなずいた後、部屋を出ていった。
「…………。うふふふふふ。やったー。魔法使えるようになったー」
ヒカリは部屋で一人になると、小さな声で魔法を発動できた喜びをぼやいた。只々、嬉しかったから。
それから三日後、ヒカリは魔力が回復し、無事に元気よく動けるようになった。そして、その日の退勤後から、霧島ヶ丘公園の広場にて魔女修行を再開した。
「じゃ、今日からまた魔女修行を再開するぞ!」
エドがそう言った。
「うん!」
ヒカリは元気よく返事をした。
「魔女試験まであと二ヶ月しかないから、どんどんやっていくぞ!」
エドは真剣な表情で言った。
「うん! ……えーーっ! あと二ヶ月後に魔女試験なの?」
ヒカリは魔女試験が二か月後だということを知らなかったので驚いた。
「おう。そうらしいけど」
エドは落ち着いた様子だった。
「そんな大事なこと、早く教えてよー!」
ヒカリはエドを少しだけ責めた。
「いやいや、俺だって聞いたのは今日なんだから。……毎年、魔女試験は何月に開催されるとか決まってるわけじゃなくて、急に通知が届くようになっているらしい。……ちなみに、二ヶ月前の通知も早い方らしいぞ」
エドは冷静に説明をした。
「そ、そうなんだ……責めたりしてごめん。でも、あと二ヶ月しかないのか……」
ヒカリはエドの話を理解して謝った後、魔女試験まで二ヶ月しかないことを気にし始めた。
「あと二ヶ月もある! やれるだけのことをやっていこう!」
エドは真剣な口調でそう言った。
「エド……」
エドの前向きな発言に、重くなりそうだった気持ちが少しだけ軽くなる。
「もう少しやれたなーって思ってしまう時には、必ず後悔が生まれる。……だから、今の自分が本気で取り組んだとしたら、結果はどうであれ後悔はしない! ……やれるだけのことをやろう!」
エドが真剣な表情でどこか優しさもあるような口調でそう言った。ヒカリはエドの言葉のおかげで、前向きな気持ちがわき上がってくる。
「うん!」
ヒカリは元気よく返事をした。
「とはいえ、あと二ヶ月で試験に挑むわけで、これから何をやるかというと。……空を飛ぶ魔法をできるだけ使いこなすことだ!」
エドはそう言った。
「空を飛ぶ魔法ばかりでいいの? もっと幅広くやった方が良かったりしない?」
ヒカリはエドに問いかけた。
「もちろん、いろんな魔法が使えた方がいいんだけど、期間が限られている状況だと、幅広くやったら全部中途半端になってしまうだろ? ……たくさん魔法を使えるけど全部しょぼいのと、一つしか魔法を使えないけど、それなりに完成度が高いのだったら、俺は後者の方が良いと思う! やっぱり、魔女試験における魔法スキルの合格基準が明確になってないからこそ、こうやって悩むんだけどな。……まぁ、マリーも空を飛ぶ魔法を優先した方がいいって言ってるし。……だから、空を飛ぶ魔法をできるだけ使いこなすことにしよう!」
エドはそう言った。
「わかった!」
ヒカリはエドの考えに納得した。
「それじゃ、空を飛ぶ魔法の修行を始めていくけど、正直二ヶ月でどれだけ使いこなせるようになるかは俺にもわからない。……一つの魔法に絞ったところで、二ヶ月というのは短すぎるからな。……前にも言った通り、魔法を発動させてからの魔力コントロールこそが、魔女修行の主な内容だからこそ簡単なわけがないんだ。とにかく諦めずに頑張っていくぞ! 大切なのは、イメージとテクニックだ! よく覚えておけ!」
エドは腕を組みながらそう言った。
「うん!」
ヒカリはうなずく。
「それじゃ、やってみろ! もちろん、この前みたいに、一発で魔力を全部使わないように注意しろよ!」
エドはそう言った。
「わかった! よーし!」
ヒカリはほうきにまたがる。
「………………はっ!」
ヒカリがそう言うと魔法が発動し、宙に浮いたほうきにぶら下がった状態になった。
「できた! うわっ!」
魔法が発動したのも束の間、すぐに地面に落ちてしまった。
「いててて! 魔法が使えるようになったのは嬉しいけど、こんなんじゃ駄目だ! もっと頑張らないと!」
ヒカリは地面にぶつけたお尻を痛がりながら言った。
「もう一回言うけど、魔法に大事なのは、イメージとテクニックだ! イメージは、自分が発動させる魔法は、どんなものでどうなっているのか! テクニックは、イメージに合わせて送り込む魔力の配分や質を調整することだ! まず、空を飛ぶ魔法には、魔力の質はあまり関係ないから、とにかく、イメージに合わせて魔力の配分をして浮いてみせろ!」
エドは真剣な表情でそう言った。
「う、うん! ……えっと、イメージをして。……あまり力み過ぎないで……発動! うわっ!」
ヒカリは宙に浮かばず、前のめりに倒れてしまった。
「いてて。……魔力が少なすぎた」
ヒカリは立ち上がりながらそう言う。
「次は、もう少しだけ魔力強めで……。うわーっ!」
ヒカリは勢いよく数メートル上まで飛び上がっていた。そして、その高さから落下し始めた。
「えっ! やばい! どうしよう!」
ヒカリは焦った。どんどん速度を上げて落下していくからだ。そして、地面に叩きつけられると思って目を閉じた瞬間、ヒカリの体は空中で止まる。
「……あ」
ヒカリは驚いて固まってしまった。
「……続けろ」
エドがそう言うとヒカリは地面にゆっくり降りた。ヒカリはエドが魔法で助けてくれたことがわかった。
「魔力が強すぎても、弱すぎてもダメで。ちょうどいいところを…………」
ヒカリは今までの経験を活かし、バランスよく魔力を込めようと試みる。
「……はっ! うわっ!」
今度も魔力が強すぎたのだろう、ほうきにしがみついた状態で先ほどよりも高く飛び上がっていた。
「また、落ちるー!」
ヒカリは焦って叫んだ。
「だから……すぐ諦めてんじゃねえよ! しっかりイメージしろ!」
エドが大声でそう言うのが聞こえた。その言葉でヒカリは気づいた。なぜ魔法が途切れてしまうのか。
「……そうか! ここで落ちるイメージを持つから落ちるんだ! まだ、空を飛んでいる途中なんだよ! …………イメージ」
ヒカリはそう言って目を閉じた。地面に落ちるまでがチャンスなんだ。もし魔法が解けたとしても、また発動し直せば、ずっと浮いていることになるはず。そう信じながら魔力を込める。すると、魔法が発動し宙に浮いた状態になった。
「……ふぐうううううう!」
ヒカリはフラフラと上下しながら全神経を集中させて浮かぶ。
「ほら! できたじゃねえか! 顔やばいけど!」
ヒカリはそんなエドの言葉が一瞬聞こえたが、少し精神が乱れたのですぐに集中し直した。
「んぐぐぐ!」
宙に浮いた状態を続けるだけで、ものすごく神経を使う。たった一秒でも浮き続けるのは必死だった。
「……もう……ダメー!」
ヒカリは連続の魔力コントロールの限界に達してしまい、空中で魔法が解けた。すると、地面に落ちずに体がフワッと宙に浮かび、それに合わせてヒカリは体勢を立て直し、地面に座り込んだ。
「よくやったじゃねえか! 一応、空を飛んでられる時間は新記録だな!」
エドは嬉しそうにそう言った。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
ヒカリは疲れ果てて言葉が出なかった。
「魔力の扱いが慣れていないとそれだけで疲れるんだ。だんだん慣れてくれば、あまり疲れなくなってくるし、魔力も強くなってくるから持久力もついてくる。……少しずつだ」
エドはそう言ってヒカリの肩を優しく叩く。
「はぁ……はぁ……。……うん」
ヒカリは少しだけ魔力のコントロールができるようになった。とにかく、魔女試験に向けて、空を飛ぶ魔法をできるだけ使えるようになりたい。残り二ヶ月という短期間での猛特訓が始まった。