マリーが働き始めてから数か月経ったある日。マリーはばら園で手入れ作業をしていた。そこへケンジが現れる。

「マリー、どうだい? だいぶ仕事を覚えてきたようだね」

 ケンジはマリーに話しかける。

「うん! ケンジのおかげよ、ありがとう! 今まで何をするのも魔法を使ってばかりだったから、物を手で運んだり、土や砂を触ったりとか全然してこなくて、毎日いろんなことが初体験で面白いわ!」

 マリーは感謝の気持ちをケンジに伝えた。

「そうかい。それは充実していて、素晴らしい日々を過ごしているね」

 ケンジは優しい表情でそう言った。

「うん! 毎日楽しい! いろんなことを教えてくれるケンジがいて、私は幸せよ!」

 マリーは笑顔でそう言った。

「僕も君の笑顔を傍で見られて、とっても幸せだよ」

 ケンジはマリーの頭をなでながらそう言った。

 それから、マリーもだんだんと仕事を覚えていき、リーダーの立場を任されるようになった。ばら園の管理業務の難しさに、何度も失敗し何度もくじけながらも、その度にケンジと協力して苦難を乗り越えていった。マリーにとって、ばら園での生活がいつの間にか当たり前のものになっていた。





 マリーが働き始めて三年ほど経ったある日。マリーはいつも通り薔薇の手入れをしていた。すると、従業員の一人が大きな声でマリーを呼ぶ。

「マリーさん! 早く来てください!」

 マリーは急いでその従業員に駆け寄った。

「ど、どうしたの?」

 マリーは慌てながら言った。

「ケンジさんが外出先で急に倒れて、救急車で運ばれたそうです!」

 従業員が慌ててそう言うと、マリーは一瞬でマントを身につけ、ほうきに乗って猛スピードでケンジが運ばれた病院に向かった。



 病院に到着したマリーは、ケンジのいる病室を見つけてすぐに中へ入った。

 しかし、ケンジはすでに亡くなっている状態だった。

「う、嘘よね……。な、なんで……。なんで、こんなことにー!」

 マリーは泣きながらケンジに抱きついた。

「この方は、生まれつき体が弱く病気がちでして、主治医の私からも無理に働かない方が良いと言っていましたが、彼はそれでも働くことをやめませんでした。……きっと、彼にとっては働くことが人生そのものだったんでしょう」

 病院の医師がマリーにそう語った。

「……っぐ。……うわぁああああーん!」

 マリーはケンジを抱きしめながら大声で泣き続けた。





 それから数日経ったある日、ケンジの机の引き出しから遺書が見つかった。

 『最愛なるマリーへ。マリー、元気かい? 薔薇達も元気にしてるかい? 実は、僕は体が弱くてね。いつどうなるかもわからないから、こうやって手紙に残そうと思う。

 君と初めて会った日、君を見て薔薇の中から妖精が現れたのかと思って、すごく驚いたよ。

 あれから、たくさん遊んだし、いろんなところにも行ったね。真冬に君のほうきの後ろに乗って、空を飛んだ時のことをよく思い出すよ。まさか、あんな高さから滑り落ちてしまって、よく生きていたなーっていつも思う。いやー、なかなか死なないもんだなと思ったよ。でもこの手紙に書くような内容ではないね。あはは。

 ばら園で一生懸命働く君はとても美しく、皆からも愛されて、たまにドジもするけど、僕にとっては本当に自慢の妻だよ。恥ずかしい話だけど、そんな大切な妻に残せる財産をそんなに持っていないのが、本当に申し訳ない。

 だけど、それでもあるとしたら、このばら園を君の好きなようにしていい。売ってお金にしてもいいし、本当に自由にしていい。相談所も君の好きにしていい、魔法で困ってる人を助ける仕事もいいなって君は言っていたから、それを実現してみてもいいと思う。何より君らしく生きていってほしい。

 最後に、僕の人生の中でマリーと過ごした日々が一番幸せでした。ありがとう。ケンジより』

 マリーは遺書を読みながら再び涙が溢れ出した。



 それから、マリーは決心する。

「私、この会社を継ぐわ! ケンジが一生懸命作ってきた会社を私が一生かけて守るわ! だって、この会社が、私のやりたいことそのものだから!」

 このばら園に来るまでは、自分のやりたいことがわからなかった。でも、今では心の底からやりたいと思えるものがある。人生つまらないと嘆いていた自分を救ってくれたのは、他の誰でもなくケンジだったんだと気づいた。だから、とにかくやりたいことをやる、ケンジの分までやる。それが今の自分なのだと――





 ヒカリはハナを見つめていた。ハナはずっと同じ遠くの薔薇を見ているようだ。

「そして、ROSE株式会社、二代目社長・マリーが誕生したという話さ」

 ハナはそう言った。

「そんなことがあったんですか……」

 ヒカリはしんみりと言う。

「それで、お嬢ちゃんの付けている髪留めは、ケンジさんがマリーちゃんにあげたものだったんだよ」

 ハナはヒカリを見て、髪留めを指差しながら言った。

「えっ! そんな大切なものだったんですか!」

 ヒカリはものすごく驚いた。

「マリーちゃんは、ずっと大事そうに身につけていたから、急に付けなくなったのを見て、すごく驚いたがよ」

 ハナは髪留めを見ながらそう言った。

「そうなんだ。そんな大切なものを私が持ってていいのかな……」

 ヒカリはそうつぶやく。

「きっと、マリーちゃんがお嬢ちゃんをそれだけ大事に思っているからなのかと、婆ちゃんは思うよ」

 ハナは少し笑みを浮かべながら言ったが、ヒカリはまだ納得できていなかった。

「さてと、あんまり休んでいたらカスミちゃんに怒られちゃうから、続きをとっととやっていこうかね」

 ハナは立ち上がり歩き出す。

「は、はい!」

 ヒカリは慌てて帽子をかぶり、髪留めを付けながらハナに駆け寄った。その後、引き続きばら園の手伝いをしたのだった。