あなたの頭の中は、[蝶]ばっかりなのよね?



 私の恋人は、大学教授の助手をしている。蝶の研究を楽しそうに手伝っていて今も、私のコトそっち除けで蝶の観察ばっかりだった。
「たまには、久々に逢えた“恋人”に関心を向けようとはしない訳?」
 不平不満を、少女のように零す。
 私も学生だけど教授の生徒じゃないし研究員でもない。この蝶と植物で溢れた温室だって、彼がいなきゃ足を運ぶこともないのに。
「んー? そうなんだけどね。そーいや、何で今日来たんだ? バイトは?」
「今日はオフですーっ」
 そして私の講義は休講だったのよ。
 付け足したところで聞いちゃいないだろうな。
「そっか」
 一言で一蹴ですか。
 好い加減こっち向いてくれなきゃ腹立つんだけどね。
 この人は、[蝶]にしか興味無い。
 その一心不乱とも言える興味を、“私”に向けてくれるのは時たま。気紛れに気が赴いた時だけ。
 本当に蝶のように。
「ねぇ、」
 私はと言えば蝶に興味は無い。模様やアクセサリーにはモチーフとして好きだし、奇麗な色や模様も同じ意味で好きだけど。
 彼のように熱中する程には趣味じゃない。
 何で?



 そんなに[蝶]が、好きなのよ?



「───静恵さん?」
 私は、はっとなって顔を上げた。俯いた私を心配そうに窺い見ているのは、彼の母親だった。
 本来なら私の“姑”になる予定だったヒトだ。
「疲れてるのかしら? 顔色良くないわ」
「そんなコト、有りませんよ。大丈夫です」
 少し上の空ながら、私はそう返した。
 私の両手には、すっぽりと四角い白い包みが納まっていた。その中には壺が入っていて。
 中身は彼の骨だ。

 山へ、蝶を探しに行っていた。
 彼は山道から逸れた崖の下に倒れていたそうだ。滅多に人が通らない場所で発見が遅れたらしい。
 そんな事実は私にはどうでもイイ。
「……ごめんなさいね。あの子のせいでこんな想い……」
「いいえ。あの人らしいですよ」
 本当にそうとしか思えない。
 本当にそうとしか感じられない。
 最期まで蝶を追い掛けた。
 実にあの人らしい。

『新種を見付けたらね、きみの名前を付けたいんだ』

 死ぬ間際。
 あなたの頭は“蝶”でいっぱいだった?
 それとも少しは片隅にでも[私]はいた?
 蝶のコトだと私さえその思考回路から閉め出すあなたのコトだから、きっと忘れていたかもしれないけど。
 まるで蝶のようだったあなた自身のコトだから。
 あなたの屍は文字通り“脱け殻”でこの骨はその『欠片』なのかもしれない。
 まるで蝶のようだったあなた自身のコトだから。
 あなたの意志は、気持ちはココロは─────

 ─────[魂]は、蝶そのモノになってしまったのだろう。


 涙も出ないまま、そう思った。






    【Fin.】