「だから、サイネサンはやめてって言ってるじゃん!」

「だからなんて呼べばいいんだよ!」

「莉愛でいい。リアって呼んでよ。わたしも明日太って呼ぶから」

 彼女に不意打ちで名前を呼び捨てにされ、突如ハリネズミ肌になってしまう。
 危うくアイスモナカを落としそうになるところだった。

 女の子に名前を呼び捨てにされるなんて、覚えてる限り経験がない。
 小学校でも菊川くん。中学校でも菊川くん、または女子からでさえ呼び捨てで菊川。そもそもぼくの下の名前を知っている女子がいたかどうかだって怪しい。
 明日太くん、どころか明日太なんて。そんな。

「それは、無理だ」

「なんでよ。練習すればできるでしょ。ほら呼んでみて。莉、愛」

「り……」

 心臓のバクバクが止まらない。ハリネズミ肌も戻らない。

「……やっぱり無理だ」

「ねえ、明日太。言ってよ、ほら、りーーー」

「……りーーー……」

「そうそう、あーーー」

「……あーーー……」

 なんだこの、英会話教室みたいなのは。ぼくってつくづく、男らしさの欠片(かけら)もないだめなやつである。

「りーーーーあーーーー、ほら言って」

「りーーー……あーーーー……」

「りーあー、ハイ、言って」

「……りーあー……」

「そうそう、その調子! りあ、ハイ」

「りあ。……あっ」

「できるじゃん」

 彼女、莉愛がにっこりと微笑む。恥ずかしくて俯くぼく。
 その瞬間、部屋に入ってくる羽鳥先生。穴があったら入りたいとはこのことだ。

 夏の暑さはぼくの頭を溶かしていき、心までも溶かして、ぼくは莉愛と過ごす時間が本当は、楽しみでたまらなくなっていた。

 一緒にいればいるほど、一緒に過ごす時間が短く感じられるようになり、莉愛といる一日はあっという間で、暑くておかしくなりそうな幸せな日々は知らぬ間にどんどん過ぎていき、季節は本物の真夏に突入する。