「そう、彼氏」
と答えたのは最音さんだ。ぼくは慌てて、
「彼氏じゃないです」
と訂正する。くるくる医師が笑う。
「なに速攻で訂正してんの」
彼女が頬を膨らませてぼくに言う。
「菊川くん、この先生ね、わたしの家の隣に住んでるの。ちっちゃい頃からお世話になってる羽鳥(はとり)先生」
ぼくに向かってくるくる医師、羽鳥先生はどうも、とお辞儀をして見せる。ぼくも慌ててお辞儀する。
「菊川明日太です」
「羽鳥です。莉愛とは彼女が歩けるようになる前からのお付き合いなんだ。僕の娘も莉愛と同い年でね。自分の娘と同じくらい可愛いお隣さんだよ」
爽やかなくるくる茶髪の羽鳥先生は、ぼくと同い年の娘がいるらしい。
いったい先生の年齢はいくつなんだろう。
そういえば、と夜に彼女を家のすぐそばまで送ったときのことを思い出す。彼女の家も庭付き一戸建てで広くて立派だったけれど、その隣にさらに立派な一戸建てがあった。羽鳥先生はそこに住んでいるってことか。
学校での噂の真相がなんとなく見えてきた。
最音莉愛の親が医者で家がものすごいお金持ち。
それってたぶん、このお隣さんの家と彼女がごっちゃになった噂だったんだろう。
いかにも金持ちの娘っぽく見えてしまう最音さん。そのお隣さんが、本物の医者で豪邸。さらに羽鳥家には、同い年の娘がいる。
噂は勝手に大きくなる。メダカからいつの間にか巨大魚と化した最音莉愛についての間違った情報は、いったいいつ、誰が訂正するのだろう。
「羽鳥先生の娘さんはね、わたしの幼馴染で、ちなみっていうの。今度、紹介するね。退院したら一緒にどこか出かけようよ。菊川くんと、騎士二号と、わたしとちなみでさ。ああ、楽しみになってきた」
嬉しそうに彼女が言った。
騎士二号って、剛のことか。名前くらい覚えろよと言いかけてやめた。退院後の話をするときの彼女はとても生き生きしていて病気なんて忘れさせられるくらいきらきらした表情で、ぼくもそれを見るとなんだかほっとする。
「夏の間は我慢だな。涼しくなるまではここで、おとなしくしていないとだめだよ」
羽鳥先生が微笑んで言った。彼女とぼくを交互に見る。
彼女は口を尖らせて、怒ったようにぼくに、
「海に行きたいのに。夏が終わってからじゃ、意味ないのに。ねえ、菊川くん、こっそり連れてってよ」