あの夜、ぼくのスマホには、最音さんの手によって彼女の連絡先が登録されていた。

 最音莉愛。
 強くたくましく、美しい色鮮やかな花の名前。
サイネリアはもともと、ぼくにとって好きな花でも嫌いな花でもなかったが、彼女に出会ってからぼくはなにかこの花に、特別な感情を抱かずにはいられなくなっている。

 登録された番号は結局まだ、一度も役に立っていなかった。
彼女に、空の写真を送る約束だったのに、あのとき病気の話を打ち明けられたことに驚いて写真を送るタイミングを逃し、そのまま今に至っているのだ。

 学校に来ていないということは、やはり病気のせいなのだろうか。体調が悪くなって寝込んでいるのだろうか。

 あの夜、彼女の不思議な病気の話を聞いてから、ふらふらと漂うみたいに現実味のない気持ちのまま、ぼくは彼女を家まで送った。
 すごく大きい豪邸というわけでもないけれど、ちゃんと庭もあって新しい感じのする一軒家が、彼女の家だった。
 ただ、夜だというのに家には電気がついておらず、家の前の道は妙にしん、と静まり返っていた。

「送ってくれてありがとう。わたしの騎士さん」

 女王は微笑みながら、ぼくにそう言って手を振った。
 彼女はバッグのポケットから家の鍵を取り出していて、ぼくに手を振るとひとりで家に入っていった。
 彼女の家の隣には、その倍ほども敷地のある豪邸。
 その豪邸の住人であるとしたら、確かに相当なお金持ちということになるだろうが、彼女の住む一軒家はごく一般的な一戸建てだった。

 最音莉愛が比較的裕福であることには違いないのだろうけど、彼女が学校に寄付するような超お嬢様っていう噂は、やはり嘘っぱちだったみたいだ。

 噂。そういえば、彼女が入部したバスケ部をすぐに辞めた、その原因もきっと病気のせいなのだろう。暑さで倒れる彼女にとって、熱気のこもる体育館でバスケ部の激しいトレーニングに参加することは不可能に近かったはずだ。
 先輩と揉めたとかいうのもきっと、誰かが勝手に言いだしたことなのだろう。